選択型DCの掛金の税・社会保険・労働法上の取扱い

前払い退職金との選択が可能な事業主掛金の取扱い

確定拠出年金(企業型DC)における事業主掛金は本人ではなく資産管理機関に支払われること等により、通常の税・社会保険・労働法上の取扱いは収束しているように思われます。また現在のところ、選択権の有無によって異なる取り扱いがなされるべきとの解釈はほとんど示されていないものと思われます。
しかし選択型DC等のように前払い退職金「前払い退職金とは」参照)と選択できる場合「加入者による事業主掛金の選択(DCの基準給与の選択)の課題」参照)は、選択期限までは現金で受給し自由に処分する権利を有していることから、同様に取り扱って良いかどうかの判断は実は難しいのかもしれません。

前払い退職金と選択可能な事業主掛金の税制上の取扱い

所得税(拠出時非課税)

所得税については、承認された確定拠出年金(企業型DC)規約に基づく事業主掛金であれば、給与所得に係る収入金額には含まれない旨政令(注)に規定されています。

(注)政令公布時点では加入選択は推測できたとしても掛金選択は推測できなかったのではないでしょうか。なお節税効果については「選択型DC等における節税額の試算(年収・家族構成別)」参照。

法人税(役員の定期同額給与判定)

役員の給与は「定期同額給与」に該当すれば損金に算入できます。「前払い退職金+事業主掛金額」が同額であった場合でも、本人の選択や企業型DCの加入者資格の取得/喪失によりその内訳に変更があった場合に「定期同額給与」と認められるためには、次のいずれかに該当する必要があります。

① 変更前後で役員給与が同額
② 通常改定時期(原則として事業年度開始から3カ月以内)に変更
③ 随時改定事由(職制上の地位や職務の重大な変更その他類する事情)に該当
④ 業績悪化改定事由に該当


④は企業型DCの実施とは直接関係しません。また①は文理解釈上は「会社負担額」が同額でも「役員給与」が同額でなければ該当しません。また③も直接的には該当しません。これらのことや記事を見る限り、現状では②に該当しなければ定期同額給与に該当しないという解釈が有力なのかもしれません。しかし法の趣旨からみると損金算入額の増減を伴わない(内訳のみの変更)場合は「定期同額給与」に違反しないとの解釈も必ずしも不適切とはいえないとも考えられるため、税務署や税理士等に確認し対応することが必要でしょう。

前払い退職金と選択可能な事業主掛金の社会保険の取扱い

加入者が掛金額を選択できる事業主掛金であっても、社会保険料算出に用いる報酬には含まれない旨示されていました(注)が、令和2年9月30日のDC法令解釈通知の発出にあたって実施されたパブリックコメントでも同様の見解が示されています(e-Gov「「確定拠出年金制度について」の一部を改正する通知案等に関する御意見募集(パブリックコメント)についてに対して寄せられたご意見について」参照)

(注)事業主掛金の拠出選択前の負担能力に応じて社会保険料を負担し、そのうえで事業主掛金の拠出について本人が選択すべきとの考え方は採用されなかったようです。

前払い退職金と選択可能な事業主掛金の労働法上の取扱い

掛金額を選択できない事業主掛金の労働法上の取扱い

確定拠出年金(企業型DC)の事業主掛金は賃金に該当しないというのが基本的な取り扱いと思われます。
東京労働局サイト(「よくあるご質問(賃金関係)」)Q&A17「確定拠出年金法による企業型年金の事業主掛金は、賃金に該当しますか。」(現在は削除)には次のとおり記載されており(丸数字は当サイトにて挿入)、加入や掛金を選択できない場合は①~⑦を満たしています。

確定拠出年金法による企業型年金においては、①事業主掛金は資産管理機関に対して納付され、②年金加入者である労働者は投資商品を選択して自ら運用指図を運営管理機関に対して行ないます。このように、③事業主掛金は資産管理機関において個人別に資産管理されるものの、④労働者が自由に処分できるものではありません。またこの掛金は、⑤規約において掛金額を定め、⑥事業主が毎月の掛金を翌月末日までに納付されていることとされており、⑦一定の受給要件を充たした場合にのみ労働者に対し給付が開始される点は、既存の厚生年金基金制度や中小企業退職金共済制度と異なることはありません。したがって、確定拠出年金の事業主掛金が賃金に該当するかどうかを明確に解釈を示した通達は未だありませんが、他の制度における考え方と同様、労働基準法第11条の賃金に該当しないと考えられます。

事業主掛金額を加入者が選択できる場合

事業主掛金額を加入者が選択できる場合、任意に加入者資格を喪失できませんので、最低掛金部分は前払に変更できず、それ以外の部分は毎年前払に変更することができます。
事業主掛金額を加入者が選択できる場合も、上記観点の①~③、⑥⑦は満たしていますが、④⑤の判断は難しいと思われます。

④(最低掛金部分)…(既に加入者であれば)満たしている
④(最低掛金以外)…処分可否判定のタイミング次第
(ⅰ)拠出選択前に判定する場合…処分可の状態
(ⅱ)拠出選択後に判定する場合…処分不可の状態
規約や勤務状況だけでは定まらない(本人の選択が必要と規約に記載)

また、通達において「労働者に支給される物又は利益」で「その支給により貨幣賃金の減額を伴ふもの」は労働基準法11条の賃金とされています。事業主掛金は加入者に支給するものではないものの、貨幣賃金には影響を与えます。

同一労働・同一賃金関連

協定対象派遣労働者の一般基本給・賞与等の判定

令和4年10 月 21 日に厚生労働省が更新した労使協定方式に関するQ&A【第6集】において、協定対象派遣労働者の一般基本給・賞与等の判定において事業主掛金として拠出した額は含めず、前払を選択した額は含むことが示されています「派遣労働者の選択型DCに係る同一労働同一賃金の考え方(労使協定方式)」参照)
このQ&Aにおいて、選択型DCであっても事業主掛金は「賃金以外」、前払い退職金は「賃金」とする解釈が採用されています。

キャリアアップ助成金制度における賃金増額の判定

令和5年4月1日に厚生労働省が公表した「キャリアアップ助成金Q&A 」(4月12日に更新)において、正社員化コースにおける賃金3%以上増額の判定においては、事業主掛金や前払額を賃金に算入するか否かは以下の要素を考慮して判断することとされました「キャリアアップ助成金制度におけるDCの取扱い」参照)

・その原資が退職金か否か
・税・社会保険・雇用保険等、各種法令における取扱い
・他の労働条件における取扱い

最低賃金判定

最低賃金判定において、確定拠出年金(企業型DC)の事業主掛金は「賃金以外」、前払い退職金は「賃金」とあてはめた場合、前払い退職金を選択すれば最低賃金以上の賃金となり、事業主掛金の拠出を選択すれば最低賃金以下の賃金となる従業員が発生する可能性があります。当該取り扱いは、最低賃金法の目的や事業主掛金の拠出選択者と非選択者の公平性等の観点からより慎重な対応が必要となる可能性も考えられます。

最低賃金法第1条(目的)
この法律は、賃金の低廉な労働者について、賃金の最低額を保障することにより、労働条件の改善を図り、もつて、労働者の生活の安定、労働力の質的向上及び事業の公正な競争の確保に資するとともに、国民経済の健全な発展に寄与することを目的とする。