退職金・確定給付企業年金・厚生年金基金・中退共から企業型DCへの資産移換と中退共への資産移換(制度改廃時)

【記事公開後の更新情報】

令和2年3月3日に「年金制度の機能強化のための国民年金法等の一部を改正する法律案」が国会に提出され同年5月29日に成立し6月5日に公布されました「令和2年確定拠出年金改正法案(年金制度改正法案)の国会提出」参照)。この法律では確定給付企業年金(DB)終了時の残余財産を個人型DC(iDeCo)に移換することが認められています。
(改正は赤字で記載)

DBの一部をDCへ移行するときに、DC移行の同意をした者は一時金での受け取りができないため、一時金で受け取ることを希望する者が半数以上いる場合にはDCに移行できないことについて、以前は緩和の方向で検討するとされていたものが、令和2年6月24日の規制改革ホットライン回答で困難とされたことを反映しました。

企業型DCと他制度間の移換パターン(制度改廃時)

DCとの間で移換できる制度の組み合わせ

退職給付制度の改廃により企業型DCと他制度間の資産移換が行われるのは次の場合です。移換を行う場合、労使合意のうえ規約に記載することが必要です。

① 退職金[減額・廃止]⇒企業型DC
② 確定給付企業年金(DB)[減額・廃止]⇒企業型DC(※)
③ 厚生年金基金[減額・廃止]⇒企業型DC
④ 中小企業退職金共済(中退共)[廃止]⇒企業型DC
⑤ 企業型DC[廃止]⇒中小企業退職金共済(中退共)

(注)特定業種退職金共済や特定退職金共済(略称はいずれも「特退共」)、小規模企業共済とDCの間では移換はできません。
 ※ DB廃止時は残余財産をiDeCoにも移換できる【令和4年5月施行】

各制度共通の留意事項

各制度から企業型DCに移換される額

各制度から企業型DCに移換される額は制度毎に定まっています(後述)
しかし労使協議においては、労働組合等はまず移換することが望ましい額(「受給見込額が下がらない額」等)を協議し「退職金や確定給付企業年金(DB)等から確定拠出年金(企業型DC)への移換額に係る労使協議」参照)、そのうえでその額を移換するための技術的措置について相談すべきでしょう。

個人型DC(iDeCo)への移換可否

制度改廃時の移換が認められるのはあくまで企業型DCとの間の移換であり、個人型DC(iDeCo)との間の移換は認められません。

離転職時の移換ルールの適用(iDeCoへの移換を含む)

②や③は離転職時のDCへの移換ルールがありますので、当該制度の改廃により(ア)確定給付企業年金(DB)や厚生年金基金の加入者の資格を喪失し、(イ)制度改廃による移換が行われず、(ウ)脱退一時金の受給ができる場合には、離転職時の移換ルール「確定給付企業年金・厚生年金基金から確定拠出年金への資産移換(退職時等)」参照)を使ってDC(企業型・iDeCo)に移換することができます。

いつ時点の企業型DC加入者が移換対象か

移換対象者は「企業型DCの加入者」であることが必要です(企業型DCの運用指図者は移換できません)。またDCでは加入月の末日より前に退職した場合等、加入月に加入者の資格を喪失した場合は、加入者ではなかったものとして取り扱いますので移換できません。

また企業によっては移換日(退職金から移換する場合は初回移換日)までに加入者でなくなった者を移換対象から除いている場合があります(労使合意により規約に規定します)。

退職金からの移換

退職金の減額・廃止により退職金から確定拠出年金(企業型DC)に移換する額及び移換時期は、労使合意のうえ企業型DC規約に規定します。企業型DCの加入者にならない従業員は移換できません。また一部の企業では初回移換日において企業型DCの加入者であることを条件とする企業もあります。

退職金からの移換に係る法令上の要件

移換総額の要件

移換額の総額は①DC導入による自己都合要支給額の減少額以下で規約に規定した額に、②規約に規定した利率で付利した額となります。
②の利率は「確定給付企業年金の予定利率の法令上の下限(DBの下限予定利率)」(※)以下とされています(0%が下限)。DBの下限予定利率は、10年国債応募者利回りの5年平均か1年平均のいずれか「低い率」に基づき算出されます。近年では10年国債の応募者利回りはしばしばマイナスとなっており、例えば2019年度の移換時の付利利率の上限は0%(付利できない)となっています。

※ この率は平均的な想定利回りを大きく下回っており、なぜこの率が「上限」に採用されたのか良くわかりません。DBの各種利率の中でも例えば最低積立基準額算定利率のほうが労使のイメージには近いでしょう。

分割移換の要件

これを移行日の属する年度(※)(移行日から年度終了まで3カ月以内なら翌年度とできる場合があります)から4~8年度に(付利後の額を)均等に分割して移換します。
ただし、分割移換中に企業型DCの加入者資格を喪失した場合は、喪失月の翌月末までに未移換額を一括して移換しなければなりません。

「年度」については厚生労働省サイト「確定拠出年金制度」確定拠出年金Q&ANo.202において、「事業主の決算年度」ではなく「国の会計年度(4月~3月)」とされています。このため事業主の決算年度では均等ではない移換も起こりえます。

退職金からの移換額を労使で協議する際の留意事項

会社からの提案(例)と留意事項

退職金から確定拠出年金(企業型DC)への移換額について、例えば会社から次のような説明があった場合、その説明は法令上は誤りではありません。

・ 退職金からの移換額は法令上の上限である自己都合要支給額です。
・ 上記の額に法令上の上限利率まで付利した額を移換します。

しかし確定拠出年金法令上の規定はあくまで給付算定式と移換額の関係を示したものですから、給付算定式を変えれば移換額は当然変わります(※)。このため労使協議においては、労働組合等はまず移換することが望ましい額(「受給見込額が下がらない額」等)を協議し、そこから退職金の給付算定式を逆算することも検討すべきでしょう。

※ 移換額が拠出限度額からみて過大となる場合等には、変更後の給付算定式による移換が承認されない場合もあります。

運用益相当額の加算

従業員のためには、移換までの運用益相当額も移換するよう求めるべきでしょう。運用益相当額は概ね、①施行時の移換相当額に、②想定利回りと③各移換時期までの年数の平均(分割移換年数(4~8年)の半分かそれよりも少し短い年数)を乗じた額となります。上記の通り法令上認められる付利利率はほとんどゼロですので、運用益相当額は給付算定式の上乗せで対応することになるでしょう。

(注)例えば次のような場合はこのような逸失運用益の移換を求めないことも考えられます。

・元の移換相当額が大きめに(受給見込額が増加するように)設計されていた場合
・設計の他の部分で会社が譲歩している場合
・会社の経営状況が厳しい場合
 

移換選択

60歳前での退職金受給を見込んで生活設計している従業員が見込まれる場合は、移換するか否かを加入者が選択できる制度とすることも考えられます。ただし退職前に前払した場合、給与所得として課税額が大きくなる場合がありますので、設計上の工夫が必要かもしれません。

確定給付企業年金(DB)・厚生年金基金からの移換

減額時・廃止時に共通する事項

確定給付企業年金(DB)の減額・廃止により確定拠出年金(企業型DC)に移換する額及び移換時期も労使合意のうえ企業型DC規約に規定します(ただし後述する法令上の制約やDB受託機関の実務上の制約があります)。

DBで加入者が掛金を拠出していた場合の個別同意要件

DBで加入者が掛金を拠出していた場合、本人の同意がなければ加入者拠出額を原資とする額を企業型DCに移換することはできません。

分配額への課税

DBからDCへの移換要件を満たさない場合(本人の希望による場合を含む)に、移換相当額として退職前に分配された額は一般に一時所得となり、課税額が大きくなる場合があります。

離転職時の移換要件の利用

冒頭に記載した通り、DBや厚生年金基金の加入者資格を喪失する場合、離転職時の移換ルールを使ってDC(企業型・iDeCo)に移換できる場合があります。

厚生年金基金からDCへの移換要件

厚生年金基金からDCへの移換要件は、DBからDCへの移換要件と概ね同様です。ただし、解散を促す法改正により既に解散した基金との公平性等に配慮し、最近のDB関連の規制緩和の中には厚生年金基金に適用されないものもあります(既にほとんどの厚生年金基金が解散したため、詳細は省略します)

DBを終了し移換する場合の法令上の要件

DBからDCへの移換額

確定給付企業年金(DB)を終了(解散)して企業型DCに移換する場合、移換額は「残余財産」とされています。残余財産が「最低積立基準額」(※)を下回っている場合は、当該下回っている額を会社が一括拠出することとされているため、倒産等の場合を除き各加入者に移換される額が最低積立基準額を下回ることはありません。残余財産が最低積立基準額を上回っている場合は、合理的な按分方法のうち労使が合意した方法で配分され移換されます。

※ 最低積立基準額は確定拠出年金法施行より前に厚生年金基金の非継続基準の財政検証(追加拠出要否判定)用に定義された額です。受給権保護のための額を財政検証に用いるという趣旨で設けられましたが、財政検証を各社がクリアできる額と従業員が保護して欲しい額を一致させることは容易ではないと思われます。各社毎に選択できる幅をもう少し広げ、会社都合要支給額もその幅に入るようにしたほうが労使のイメージに近いでしょう。 

DBからDCへの移換日

DBからDCへの移換日はDBの清算が結了する日となります。

希望者のみ移換することの可否

DBを終了した場合、個々人の希望に関わらずDCに移換するか、希望者のみDCに移換するかは労使合意のうえ規約に定めます。DCに移換しないDB加入者等は、残余財産を受給することができる他、企業年金連合会に移換することもできます。

DBを減額し移換する(DBを終了せず移換する)場合の法令上の要件

「減額」とみなされる範囲

ここでは便宜上「減額」という言葉を使っていますが、終了(解散)を伴わない給付額の減少全般を指します。このため複数企業が実施しているDBから自社だけがDBを廃止し、他の企業はDBを継続する場合は、「減額」の要件が適用されます。
また全従業員のDBの給付を廃止し年金受給者(待期者)のためだけにDBを続ける場合も、「減額」の要件が適用されます。

DBからDCへの移換額

確定給付企業年金(DB)を減額する場合は、「最低積立基準額の減少額」を移換します。資産が最低積立基準額を下回る場合には、当該下回る額(以前は制度全体の額でしたが現在はDCに移行する部分に係る額とされています)を会社が一括拠出することとされています。

DBからDCへの移換日

移換日はDCの施行日(DBの減額日)の翌々月の末日以前で規約に定めた日となります。

希望者のみ移換することの可否

DBを減額した場合、個々人の希望に関わらずDCに移換するか、希望者のみDCに移換するかは労使合意のうえ規約に定めます。DCに移換しないDB加入者等であってDC移行に係る規約に反対していた者は、移換相当額を受給することができます。

希望者のみの移換に係る法令改正で検討が長期化している事項

平成26年の第14回社会保障審議会企業年金部会では「現行制度の改善」として多くの事項が改善する方向で検討することとされました厚生労働省サイト「第14回社会保障審議会企業年金部会 資料3」参照)。その多くは平成28年の確定拠出年金法改正のタイミングで実現しましたが、DBからDCへの移換における次の改正は未だ実現しておらず、検討が長期化しています。

項目内容検討の方向性
DBからDCへの移換相当額の連合会への移換DBの一部をDCに移行するとき、希望する者に対して移換相当額を一時金として支払うことができるが、一時金として支払う額の企業年金連合会への移換を可能とする。希望する者に対しては、DBからDCへの移換相当額を企業年金連合会へ移換することを可能とする方向で検討。
DBから企業型DCへの移行要件の弾力化DBの一部をDCへ移行するときに、DC移行の同意をした者は一時金での受け取りができないため、当該取扱いを認め、一時金で受け取ることを希望する者が半数以上いる場合でもDC移行を可能とする。DC移行に係る同意をした者についても一時金での受け取りを可能とする方向で検討。(※)

※ 令和2年6月24日の規制改革ホットライン回答で同種照会に対し「困難」とされました。

DBからの移換額を労使で協議する際の留意事項

法令上の移換額はあくまで給付算定式及び最低積立基準額の算定式等と移換額の関係を示したものですから、給付算定式や最低積立基準額等の算定式を変えれば移換額は当然変わります。このため労使協議においては、労働組合等はまず移換することが望ましい額(「受給見込額が下がらない額」等)を協議しましょう。
最低積立基準額や残余財産の引き上げにはDBの受託機関の協力と厚生局によるDBの制度変更の承認が必要となります。折衝状況によってはDBからの移換額の引き上げに代えて「移換したい額-最低積立基準額」を退職金から移換することも検討しましょう。

中退共と企業型DC間の移換に係る留意事項

中退共「中退共・特退共と確定拠出年金(企業型・iDeCo)の併用と移換の可否」参照)から企業型DCに移換できるのは、①中小企業者でなくなったとき、②合併等の会社再編時、のいずれかに該当し中退共契約を解除する場合に限られます。また、企業型DCから中退共に移換できるのも合併等の会社再編時に限られます。
(注)会社再編時の中退共との移換については、DC⇔中退共間の移換にも関わらずDBの実施状況を要件判定に用いる旨規定されている(確定拠出年金法施行規則31条の5他)等、わかりにくい要件が含まれています。現在の通知上、企業型DCの加入者資格喪失者への説明事項に中退共への移換が含まれているのもわかりにくい点です(現在は通常の退職時には移換できません)。

中小企業退職金共済(中退共)を解約する場合、企業型DCに移換する額は中退共の解約手当金相当額となります。