確定拠出年金(企業型DC)における想定利回りの決め方
「想定利回り」とは
「想定利回り」は直接的には規約に記載されるものではなく、その定義は必ずしも明確ではありません。
確定拠出年金法施行規則上の定義
想定利回りは企業型年金に係る業務報告書(様式第7号)における報告事項でした(令和4年3月1日削除。「確定拠出年金(企業型DC)の業務報告書の作成」参照。)が、その定義は単に「確定拠出年金を導入する際に想定していた利回り」とされているだけで、どのような用途で想定していたか指定されていませんでした。
審議会での定義
過去の審議会においては、次のように説明されています。
当サイトにおける定義
当サイトにおける「想定利回り」の定義は、上記の審議会の定義に次の要件を加えたものとします。
①労使が合意した退職給付水準はDC実施前の退職給付水準とする。
②DCの加入者の中でも特に今後入社する新入社員モデルに必要な利回りとする。
①は労働条件の不利益変更の合理性を評価するうえで重要な指標と考えられます。
②で新入社員モデルとしたのは次の理由によります。
新入社員モデルを用いる理由
例えば退職金から確定拠出年金(企業型DC)に移行する場合、新入社員であれば退職金や企業年金からの移換額がありませんから、
という関係が成立していれば受給見込額の減少は回避できます。
このため、想定利回りが決まれば掛金が決まることとなります。
一方在籍者の場合には、移換額も影響するためさらに複雑になります。また前提となるケースが複数になると「解なし」となるおそれがあります。言い換えると、在籍者の場合は移換額によっては想定利回りで運用しても元の給付額に到達しないこととなります(「確定拠出年金(企業型DC)への移換額に係る労使協議」参照)。
新入社員モデルの妥当性の確認
会社から、退職金や企業年金を確定拠出年金(企業型DC)に移行する提案があった場合には、まず上記不等式が成立しているかどうかを確認しましょう。
次に掛金算出に用いた新入社員が社員(労働組合)からみて標準的なものかどうかを確認しましょう。
これらが妥当であれば、あとは運用の見通し(想定利回り)が妥当であれば、事業主掛金も妥当な範囲内と考えられます。
確定拠出年金(企業型DC)における想定利回りの決め方
上記のように、想定利回りは退職金等を減額し確定拠出年金(企業型DC)に移行する場合の掛金算出過程で一般に用いられているようです。その場合、想定利回りの水準は対象者の多くが納得できる水準とすることが必要です。
想定利回りの決め方には例えば次の要因が影響を与えていると考えられます。
他社における想定利回りの採用傾向
想定利回りの決定においては、他社の傾向が大きく影響すると思われます(アンケート結果はこのページの後半参照)。
想定利回りの設定根拠となる運用関連の情報や理論を完全に理解することは容易ではありませんが、世間一般で採用されていれば妥当と感じやすくなるでしょう。労働条件の不利益変更の合理性判定においても「同種事項に関する我が国社会における一般的状況等」が評価要素とされています。
確定拠出年金で提示されている運用商品の期待収益率
確定拠出年金では多くの運用商品の収益率は不確実で、各運用商品の収益率の平均的な見通しは「期待収益率」と呼ばれています。
確定拠出年金の運用は「企業毎の運用商品の選定提示」と「各人の運用指図」の2段階で構成されるため、どの商品で運用すると仮定するかによって期待収益率は異なってきます。各種アンケートでは、想定利回りは0%~3.5%位(注)にほぼ収まっており、一般に提示されている運用商品の期待収益率から著しく外れている率はあまりないようです。
(注)「元の受給額に達するために必要な利回り」はもっと幅広いと思われますが、例えばその水準が「5.5%」や「(税制優遇を考慮すれば)マイナス」となる場合は「なし」と回答しているのでしょう。
物価の考慮
「減少する退職金等」と「事業主掛金+運用益」を比較する場合、物価の影響には注意が必要です。例えば元の退職金がポイント制退職金でポイント単価は物価に応じて見直すとの労使合意があった場合には、減少退職金に物価上昇を見込まず運用益には物価上昇を見込んでしまうと、掛金額が過少に算出されることとなります。また、物価控除後の運用益を用いてDC掛金を算出した場合でも、物価上昇時にはそれに応じてDC掛金を引き上げないと、元の退職金には到達しないこととなります。
運用リスク
投資における今後の収益率は不確実ですが、その不確実性を「リスク」といいます。リスクは一般的に収益率の標準偏差(注1)で表されます。そして投資理論上、期待収益率が同じであればリスクが小さい投資を選択することが一般的とされています。
(注1)例えば運用利回りが1%で確定していればリスクはありませんが、1%を保証したうえで上乗せの利回りが変動する商品はこの定義ではリスクがあることになります。
退職金や従来型の企業年金は運用成果が受給額に反映されないため、受給する側から見ると運用リスクはないといえます。だとすれば、それと比較する確定拠出年金の期待収益率も、リスクがない運用に対応するもの(即ち元本確保型商品の運用利回り)とすることは合理的といえますし、実際にそのような事例も報告されています(厚生労働省サイト「第3回確定拠出年金連絡会議」参照)(注2)。
(注2)しかし実際には元本確保型商品の期待収益率よりも高い水準の想定利回りを採用している企業が多いようです。
企業の財務上の影響
退職金や企業年金から企業型DCへの移行を会社側が提案するケースでは、財務上の影響について会社が許容できる内容での提案がなされます。
例えば企業年金(確定給付企業年金や適格退職年金)から企業型DCに移行する場合、企業年金の実際の運用利回り(割引率ではない)との高低が、会計上の費用の実質的な増減のひとつの目安(注1)になるでしょう。確定拠出年金(企業型DC)への移行により企業のリスクが回避されることを考慮すればもう少し低い利回り(注2)が提案されることもあるでしょう。
(注1)退職金から移行する場合、退職金には運用収益がないため「退職給付費用」だけで比較すれば想定利回りは0%が妥当に見えるかもしれません。しかし企業の損益という点では、DCに拠出せずに別の用途に充てた場合に得られたであろう収益率や借入金利と比較するほうが合理的と思われます。
(注2)逆に企業が退職金や企業年金の維持が難しく、雇用や賃金の維持に集中せざるを得ないといった状況であれば、企業の負担軽減のためもう少し高めの想定利回りが提案されることも予想されます。
想定利回りの採用傾向
各種調査(例えば企業年金連合会サイト「確定拠出年金に関する実態調査」)によると想定利回りは平均、最多とも2%前後のようです。
2%という利回りは、加入者が到達できる期待収益率の範囲内の水準と思われます。しかし、リスクを回避した運用では到達できません。
確定拠出年金制度創設時の環境
確定拠出年金制度が創設された時期は、退職給付会計基準の見直しと運用環境悪化が重なり、退職金や企業年金を維持することは企業の存続にも影響しかねないとの懸念が高まっていた時期でもありました。そして法改正後早い段階で企業型DCに移行した企業の多くは、企業型DCの導入理由として財務上の効果を挙げていました。
雇用、賃金、年金の想定給付を維持できるのであれば、受給額の変動可能性は従業員として譲歩しやすい部分(注)だったのかもしれません。
(注)適格退職年金や厚生年金基金実施企業の多くが、それらの制度を他の企業年金や共済制度に移行することなく廃止していった状況なども従業員の判断に影響したかもしれません。
その後の環境
その後、経営状況や運用環境の回復と、低金利による元本確保型商品の利回り低下という状況の中、想定利回りの水準は2%程度で概ね安定しています。制度導入時の想定利回りを見直す動きはあまりありませんが、見直す場合には引き下げているようです。
想定利回りと運用実態の乖離を懸念する意見
確定拠出年金(企業型DC)導入後に元本確保型のみで運用する者が多く、想定利回りに到達できそうにないことを問題視する意見がしばしば聞かれます。これは制度導入後の「継続教育の課題」として取り上げられることが多いようですが、「制度導入時の労使合意の課題」の可能性もあるように思われます。
それらの従業員の多くは、元本確保型で運用すれば受給額が減少することを十分理解したうえで、制度導入(想定利回り)に同意したとは考え難いように思われます。もしそうであれば、過半数代表者の選出過程でその意味するところが伝えられなかったか、あるいは過半数代表者の選出に必要な運用の知識を有していなかったのではないでしょうか。もしそうであれば、その状態で労働組合や過半数代表者が同意したことは適切ではなかったかもしれません。
想定利回り決定前の運用の説明
想定利回りの水準は確定拠出年金(企業型DC)導入による給付増減に大きく影響します。このため労働組合や過半数代表者は従業員の多く(過半数)が許容できる水準で同意することが期待されます。
労働組合や過半数代表者が従業員の多数意見を代表するためには、各従業員が自身の具体的な運用方針をイメージし、その運用見通しと想定利回りの関係をイメージすることが必要でしょう(注)。そしてそのためには、従業員への運用の説明がこの段階で必要となるのではないでしょうか。
(注)例えば「制度導入後に想定利回りで運用できるよう投資教育する」とだけ説明し従業員の同意を得ることは、企業の経営上緊急性がある場合を除き、望ましい同意取得方法ではないように思われます。