令和5年度骨太の方針(閣議決定)における退職所得控除(勤続20年格差)・iDeCo拠出限度額・社会保険等の見直し方針

【記事公開後の更新情報】

令和5年7月に「モデル就業規則」の【退職金の支給(54条)】が改正されたことを反映しました厚生労働省サイト「モデル就業規則」参照)
令和5年6月30日の政府税制調査会答申「わが国税制の現状と課題―令和時代の構造変化と税制のあり方― 」を反映しました「政府税制調査会答申「わが国税制の現状と課題(令和5年6月)」で示された給与・退職金・年金課税強化の可能性」参照)

経済財政運営と改革の基本方針2023(骨太の方針)の閣議決定

令和5年6月16日に「経済財政運営と改革の基本方針2023」が閣議決定されました内閣府サイト「経済財政運営と改革の基本方針 2023 について」(令和5年6月16 日閣議決定)」参照)。これは内閣の経済財政運営と改革の基本方針であり、「骨太の方針」とも呼ばれます。
今回の方針では、マクロ経済運営の基本的考え方や我が国を取り巻く環境変化への対応、今後の経済財政運営の他、「新しい資本主義の加速」が盛り込まれました。「新しい資本主義の加速」では退職所得課税の見直し賃金の引き上げiDeCoの拠出限度額引き上げNISAの恒久化等について記載されました。また被用者保険の適用拡大について、中長期の経済財政運営の中で記載されました。

新しい資本主義の加速

「新しい資本主義の加速」として取り上げられた方針は以下のとおりです。

1.三位一体の労働市場改革による構造的賃上げの実現と「人への投資」の強化、分厚い中間層の形成(成長分野への労働移動の円滑化、家計所得の増大と分厚い中間層の形成等・・・退職所得・賃金・iDeCo・NISA等) 
2.投資の拡大と経済社会改革の実行 
3.少子化対策・こども政策の抜本強化
4.包摂社会の実現
5.地域・中小企業の活性化

成長分野への労働移動の円滑化(雇用保険・退職金関連)

自己都合退職者の失業給付規制の緩和(リ・スキリング実施者)

失業給付制度において、自己都合による離職の場合に失業給付を受給できない期間に関し、失業給付の申請前にリ・スキリングに取り組んでいた場合などについて会社都合の離職の場合と同じ扱いにするなど、自己都合の場合の要件を緩和する方向で具体的設計を行う。

自己都合退職者への給付削減緩和

自己都合退職の場合の退職金の減額といった労働慣行の見直しに向けた「モデル就業規則」の改正を行う。

なお、令和5年6月16日に閣議決定された「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画2023改訂版」には、以下の記載があります。これは、新しい資本主義実現会議「三位一体の労働市場改革の指針」(令和 5年5月16日)にも記載されていた内容です(令和5年7月改正済(下記「ご参考」参照))

【自己都合退職に対する障壁の除去】

民間企業の例でも、一部の企業の自己都合退職の場合の退職金の減額、勤続年数・年齢が一定基準以下であれば退職金を不支給、といった労働慣行の見直しが必要になりうる。
その背景の一つに、厚生労働省が定める「モデル就業規則」において、退職金の勤続年数による制限、自己都合退職者に対する会社都合退職者と異なる取扱いが例示されていることが影響しているとの指摘があることから、このモデル就業規則を改正する。

(ご参考)モデル就業規則第54条(退職金の支給)の改正(令和5年7月)

改正後の第54条(退職金の支給)改正前

 労働者が退職し又は解雇されたときは、この章に定めるところにより退職金を支給する。ただし、第68条第2項により懲戒解雇された者には、退職金の全部又は一部を支給しないことがある。

2 継続雇用制度の対象者については、定年時に退職金を支給することとし、その後の再雇用については退職金を支給しない。

 勤続_年以上の労働者が退職し又は解雇されたときは、この章に定めるところにより退職金を支給する。ただし、自己都合による退職者で、勤続_年未満の者には退職金を支給しない。また、第63条第2項により懲戒解雇された者には、退職金の全部又は一部を支給しないことがある。

2 継続雇用制度の対象者については、定年時に退職金を支給することとし、その後の再雇用については退職金を支給しない。

退職所得課税の見直し

退職所得課税制度の見直しを行う。
見直し内容についての具体的な記載はありませんが、例えば勤続1年あたりの退職所得控除額勤続20年以上と未満で異なること等が税制調査会の答申等で課題とされていました。
(このページの最後に審議会や関係団体の意見を記載)

家計所得の増大と分厚い中間層の形成(賃金・iDeCo等)

中小企業等の賃上げの環境整備

賃上げ税制や補助金等における賃上げ企業の優遇等の強化を行う。税制を含めて更なる施策を検討する。
賃上げ原資の確保も含めて適切な価格転嫁が行われるよう取引適正化の促進を強化する。

最低賃金の引き上げ

今年は全国加重平均1,000円を達成することを含めて、しっかりと議論を行う。
地域間格差に関しては、地域別最低賃金の最高額に対する最低額の比率を引き上げる。

iDeCoの拠出限度額引き上げ・NISAの恒久化等

iDeCo拠出限度額及び受給開始年齢の上限引上げについて2024年中に結論を得るとともに、NISAの抜本的な拡充・恒久化、金融経済教育推進機構の設立、顧客本位の業務運営の推進等、「資産所得倍増プラン」「資産所得倍増プランにおけるiDeCo改革案」参照)を実行する。
加えて、資産運用業等の抜本的な改革に関する政策プランを年内に策定する。

中長期の経済財政運営(被用者保険の適用拡大)

被用者保険の適用拡大(企業規模要件業種要件年収要件等の見直し)については、次期年金制度改正に向けて検討するとされました。

勤労者皆保険の実現、年齢や性別にかかわらず働き方に中立的な社会保障制度の構築に向け、企業規模要件の撤廃など短時間労働者への被用者保険の適用拡大、常時5人以上を使用する個人事業所の非適用業種の解消等について次期年金制度改正に向けて検討するほか、いわゆる「年収の壁」について、当面の対応として被用者が新たに106万円の壁を超えても手取りの逆転を生じさせない取組の支援などを本年中に決定した上で実行し、さらに、制度の見直しに取り組む。

(参考)勤続20年前後の退職所得控除の見直しに関する意見(抜粋)

新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画2023改訂版(令和5年6月)

令和5年6月16日に閣議決定された「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画2023改訂版」には、以下の記載があります。これは、新しい資本主義実現会議「三位一体の労働市場改革の指針」(令和 5年5月16日)にも記載されていた内容です。

【退職所得課税制度等の見直し】

退職所得課税については、勤続20年を境に、勤続1年あたりの控除額が40万円から70万円に増額されるところ、これが自らの選択による労働移動の円滑化を阻害しているとの指摘がある。制度変更に伴う影響に留意しつつ、本税制の見直しを行う。

政府税制調査会答申(令和元年9月)

令和元年9月の税制調査会答申「経済社会の構造変化を踏まえた令和時代の税制のあり方」「政府税制調査会答申『経済社会の構造変化を踏まえた令和時代の税制のあり方』」参照)では、勤続20年以上と未満で1年あたりの退職所得控除額が異なることが課題とされました。

退職給付に係る税制についても、給付が一時金払いか年金払いかによって取扱いが大きく異なり、退職給付のあり方に対して中立的ではなく、また、勤続期間が 20 年を超えると一年あたりの控除額が増加する仕組みが、転職の増加など働き方の多様化を想定していないとの指摘がある。
退職金も含めた賃金形態の多様化や転職機会の増加などが進む中、給与・退職一時金・年金給付の間の税負担のバランスについても、働き方やライフコースの多様化を踏まえた丁寧な検討が必要である。

〃(令和5年6月)

現行の課税の仕組みは、勤続年数が長いほど厚く支給される退職金の支給形態を反映したものとなっていますが、近年は、支給形態や労働市場における様々な動向に応じて、税制上も対応を検討する必要が生じてきています。

経団連「令和5年度税制改正に関する提言」

日本経済団体連合会(経団連)が令和4年9月13日に公表した「令和5年度税制改正に関する提言」でも、退職所得控除の見直しが提言されています。

【労働移動の円滑化と生産性向上に向けた税制措置】

多様で複線的なキャリア形成や、人材の流動化等の状況を踏まえつつ、個人の職業の選択に対して中立的な所得税制が検討されるべきである。こうした観点から、退職所得控除について、業種・業界の雇用慣行や、労働者の権利関係(労働条件)、労働者の勤続年数の選択に対する影響等を検証しつつ、見直しを進めるべきである。

連合(日本労働組合総連合会)の意見書

連合が令和5年6月6日に公表した「第 19 回新しい資本主義実現会議『新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画 2023 改訂版(案)』に対する意見書」では、今後、退職所得課税を見直すのであれば、勤続 1 年あたりの控除額を一律(年 60 万円)とすべきとしています。

1年あたりの退職所得控除額を(40万円と70万円の間の)一律の額とした場合、勤続年数の短い退職者は退職所得控除額が増加しますが、勤続年数が長くなるとどこか(下記年数)で減少に転じます。勤続60年に達することはほとんどないことから、連合の要望は実質的に退職所得控除額の引き上げといえます。しかし、現在でも年金受給よりも有利とされている一時金受給時の課税を更に優遇するような改正は、税制調査会答申の「退職一時金・年金給付の間の税負担のバランス」に反するものであり、実質的には退職所得控除額の見直しをなされにくくするための意見といえるかもしれません。

① 60万円/年…勤続60年未満退職者は退職所得控除額が増加、61年以上は減少
② 55万円/年…勤続40年 〃 、41年 〃
③ 50万円/年…勤続30年 〃 、31年 〃
④ 45万円/年…勤続24年 〃 、25年 〃
⑤ 40万円/年…増加20年以下は同額、勤続21年以上は減少