政府税制調査会答申「わが国税制の現状と課題(令和5年6月)」で示された給与・退職金・年金・生命保険等への課税強化の可能性

政府税制調査会の答申(令和5年6月30日)

 令和5年6月30日に政府税制調査会は中長期的な税制のあり方を示した答申「わが国税制の現状と課題―令和時代の構造変化と税制のあり方― 」を岸田首相に提出しました内閣府サイト諮問・答申・報告書等「わが国税制の現状と課題―令和時代の構造変化と税制のあり方― (令和5年6月30日)」参照)。これは令和3年11月の岸田首相からの諮問に答えたものです。
 今回の答申では給与・退職金・年金全てについて課税が強化される可能性が示されました。
 まず給与所得については「他の所得との負担調整を認める必要性は薄れているのではないか」「相当手厚い仕組み」と評価されました。また退職所得課税における勤続20年前後の格差については「税制上も対応を検討する必要が生じて」いるとされました。公的年金等に係る雑所得についても「我が国の公的年金に係る税負担は国際的に見ても極めて低い」と評価されています。
 この他、生命保険料控除は「金融商品間の税負担の公平性及び中立性に照らして問題がある」とされました。また通勤手当等の政策的配慮に基づく非課税所得も「他の所得との公平性や中立性の観点から妥当であるかについて、注意深く検討する」必要があるとされました。 

給与関連税制

給与所得控除

現状

 給与所得は、給与収入の金額から、その収入金額に応じて算定される給与所得控除の額を差し引いて算出されます。なお、給与所得控除に加えて、確定申告により研修費や資格取得費等の「特定支出」の額のうち給与所得控除額の2分の1を超える金額について控除することができる特定支出控除も設けられています。
 給与所得控除の性格については、「勤務費用の概算控除」「他の所得との負担調整のための特別控除」の二つの性格を有するものと整理されています。

課題

 「他の所得との負担調整のための特別控除」とは、いわゆる給与所得者が専ら身一つで、使用者の指揮命令に服して役務提供を行うことから、失業などの不安定性のほか、有形、無形の負担、拘束を余儀なくされ、その役務の提供による成果のいかんにかかわらず、その対価があらかじめ定められた給与の支給にとどまるといった給与所得者に特有の事情に対して斟酌を加えるものですが、就業者に占める給与所得者の割合が約9割となっている現状で、「他の所得との負担調整」を認める必要性は薄れているのではないかと考えられます。
 また、給与所得控除によりマクロ的には給与収入総額の3割程度が控除されていますが、給与所得者の必要経費と指摘される支出は給与収入の約3%程度と試算されており、主要国との比較においても全体的に高い水準となっているなど、「勤務費用の概算控除」としては相当手厚い仕組みとなっています。

基礎控除等

現状

平成 30 年度税制改正においては、給与所得控除のような特定の収入に対応する控除から基礎控除のような人的控除に重点が移されました

方向性

引き続き、公平かつ働き方に中立的な税制を検討していくことが求められます。
その際、給与所得、事業所得、雑所得といった所得間の課税上のバランスを確保していくという視点も重要であると考えられます。

退職金・年金関連税制

退職所得の勤続20年前後の格差

現状

 退職金は、一般に、長期間にわたる勤務の対価の後払いとしての性格とともに、退職後の生活の原資に充てられる性格を有しています。
 このような退職金の性格から、一時に相当額を受給するため、他の所得に比べて累進緩和の配慮が必要と考えられることを踏まえ、退職所得については、他の所得と分離して、退職金の収入金額から退職所得控除額を控除した残額の2分の1を所得金額として、累進税率により課税されます(2分の1総合課税)(個人住民税は比例税率)。退職所得控除は、勤続年数 20 年までは1年につき 40 万円勤続年数 20 年超の部分については1年につき 70 万円となっています。
 この累進緩和措置に対する近年の制度改正としては、短期間のみ在籍することが予定されている役員などについて、給与を低く抑え、高額の退職金を支払うことにより、税負担を低くすることも可能であったことから、平成 24 年度税制改正及び令和3年度税制改正において、勤続年数5年以下の法人役員等の退職金については「2分の1総合課税」を適用せず、勤続年数5年以下の法人役員等以外の者の退職金についても、退職所得控除額を控除した残額のうち 300 万円を超える部分については、「2分の1総合課税」を適用しないこととされました。
 退職金の支給形態を、退職一時金から確定給付企業年金法等に基づく年金方式に移行する動きも増えていますが、退職者が、退職時に一時金として受け取れば、「みなし退職所得」として退職所得課税が行われており、確定給付企業年金・確定拠出年金ともに、依然として相当数が一時金受給を選択しているのが実態となっています。

課題

現行の課税の仕組みは、勤続年数が長いほど厚く支給される退職金の支給形態を反映したものとなっていますが、近年は、支給形態や労働市場における様々な動向に応じて、税制上も対応を検討する必要が生じてきています。

公的年金等に係る雑所得

現状

 公的年金等については、かつて給与所得に分類されていました。しかし、給与所得と同一の事情にない公的年金に、勤務費用の概算控除等の趣旨から設けられている給与所得控除を適用することは合理的でなく、公的年金の受給者が経済的稼得力が通常衰退する局面にある高齢者であるといった理由に基づき、昭和 62(1987)年の税制改正において公的年金等控除が設けられ、所得区分も給与所得から雑所得に変更されました。その後、平成 16 年度税制改正においては、世代間及び高齢者間の公平を図る観点から、老年者控除の廃止とあわせて公的年金等控除の最低保障額が引き下げられて現在に至っています。
 公的年金や私的年金については、保険料拠出時は所得控除を行い、資金運用も非課税とされており、給付段階での税負担の公平性確保の観点から、公的年金等控除の位置付けは重要です。

課題

 現状では、公的年金等控除が適用される結果、年金受給者の課税最低限は、給与所得者より高い水準となっており、先に述べた平成 30 年度税制改正における公的年金等控除から基礎控除への振替後で見てもなお、我が国の公的年金に係る税負担は国際的に見ても極めて低いものとなっています。
 また、公的年金等控除は、給与所得を得ている者にも適用されるため、給与所得控除と公的年金等控除の重複適用により、同じ収入でも給与収入のみの者と、給与収入と公的年金等を有する者で税負担が異なることとなります。
 こうした点を踏まえつつ、年金制度改革の議論の状況も見極めながら、公的年金等に係る雑所得に対する課税のあり方を検討していく必要があります。

「各種私的年金共通の非課税拠出枠」や「個人退職勘定」の創設

 様々な働き方に対応して、老後の生活の糧となる資産形成に向けて、退職金以外の企業年金、個人年金等の多様な商品が整備されてきています。働き方の違い等によって有利・不利が生じないよう・・・各種私的年金に共通の非課税拠出枠※1個人退職勘定※2の制度を設けることについて、退職一時金を当該勘定に拠出する際や、当該勘定から引き出す際の課税の扱いとあわせ、中長期的な視野に立って段階的に検討・見直しを行っていくことも重要です。

※1 穴埋め型(全国民共通の非課税貯蓄枠)の引退後所得保障制度
※2 第3回税制調査会とJIRA(日本版個人退職年金勘定)構想(5.5万円イデコ)

その他の所得控除

配偶者控除・配偶者特別控除

現状

 配偶者特別控除が導入されたことにより、配偶者の給与収入が 103 万円を超えても世帯の手取り収入が逆転しない仕組みとなっており、税制上、いわゆる「103 万円の壁」は解消しています。

課題

 配偶者控除又は配偶者特別控除は社会的に広く適用されている状況ですが、制度創設時と比べて、「片働き世帯」は減少する一方で、「共働き世帯」、特に「夫フルタイム・妻パートの世帯」が増加しており、世帯構成の変化を反映し、その適用者は令和3(2021)年分においては約 1,339 万人と、平成23(2011)年分の約 1,584 万人と比べて減少してきています。
 今後とも、家族や働き方等を巡る様々な議論を踏まえ、公平・中立な税制を構築する観点から、配偶者控除・配偶者特別控除のあり方についても検討する必要があります。

生命保険料控除

現状

生命保険料控除は、一般の生命保険契約や個人年金保険契約などに支払った保険料のうち一定額を所得控除の対象とするものです。

課題

生命保険の加入率は相当の水準に達しており、また、保険にも貯蓄性、投資性の高いものが多く、その貯蓄としての機能に着目すれば、他の金融商品と同様であるとの指摘もあり、金融商品間の税負担の公平性及び中立性に照らして問題があると考えられます。

非課税所得

政策的要請による非課税所得

現状

給与所得者に支給される旅費などの実費弁償としての性格を有するものや、一定の社会保障給付など生活保障的性格を有するもののように、その性質や政策的要請により非課税や免税とされて、課税対象から除かれている所得が存在します。

<参考:主な非課税所得>
・ 給与所得者の旅費や職務の性質上欠くことのできない現物給付などの実費弁償的性格に基づくもの
通勤手当(1ヵ月当たりの合理的な運賃等の額(上限 15 万円))のように、住宅事情等からみた場合にその全額を課税対象とすることは妥当でないとの政策的配慮に基づくもの
雇用保険上の失業等給付生活保護給付遺族基礎年金遺族厚生年金(遺族自身の厚生年金がある場合は、遺族厚生年金がそれを上回る部分のみ)、給付型奨学金などの社会政策的配慮に基づくもの
NISA口座内における上場株式等の譲渡益や配当等のように特定の政策目的のための措置として講じられるもの
・ 家具、じゅう器、通勤用の自動車、衣服などの生活に通常必要な動産(貴金属や宝石、書画、骨とうなどは、1個又は1組の価額が 30 万円以下のもの)に係る譲渡所得などの担税力の考慮に基づくもの
・ 当座預金の利子など少額不追求の見地によるもの

方向性

これらの非課税所得等については、それぞれ制度の設けられた趣旨がありますが、本来、所得は漏れなく、包括的に捉えられるべきであることを踏まえ、経済社会の構造変化の中で非課税等とされる意義が薄れてきていると見られるものがある場合には、そのあり方について検討を加えることが必要です。特に、政策的要請により非課税等とされている制度については、長寿命化により、そうした所得がこれまで以上に蓄積していく可能性等に鑑みれば、他の所得との公平性や中立性の観点から妥当であるかについて、政策的配慮の必要性も踏まえつつ注意深く検討する必要があります。

現物給付

現状

所得には、金銭による収入のみならず、現物給付、すなわち物や権利その他の経済的利益による収入も含まれますが、被用者に対する社宅の貸与、食事の支給、従業員割引など、一定の条件を満たす少額の現物給与など一定のものについては、税務執行上追求しないなどの趣旨から課税しない取扱いがされています。

方向性

人口減少・少子高齢化問題の進展、働き方や所得の稼得手段の多様化、家族のあり方の多様化などを踏まえ、所得の性質に応じた課税方式や各種控除のあり方を含め、納税者利便や税務執行の効率性にも留意しながら、バランスの取れた体系となるよう必要な見直しを検討していく必要があります。
 
非課税所得等については、それぞれ制度の設けられた趣旨がありますが、本来、所得は漏れなく、包括的に捉えられるべきであることを踏まえ、経済社会の構造変化の中で非課税等とされる意義が薄れてきていると見られるものがある場合には、そのあり方について検討を加えることが必要です