選択型DC(給与の減額を伴う確定拠出年金)導入の背景・影響・評価と課題
【記事公開後の更新情報】
令和元年12月に公表された「社会保障審議会企業年金・個人年金部会における議論の整理 」を受けて令和2年10月1日にDCの法令解釈通知が改正され、選択型DCにおける事業主から従業員への説明事項に「社会保険・雇用保険等の給付額にも影響する可能性」が追加されました。
選択型DCとは
従来「選択型DC」と公的に定義された制度はなく、企業型DCのうち加入するかどうかや事業主掛金を選択できる制度の全てまたはその一部の制度がそう呼ばれていたようです。しかし令和元年に公表された「社会保障審議会企業年金・個人年金部会における議論の整理」に次のとおり記載されたため、今後は前払退職金との選択制の企業型DCのうち「給与等の減額」を伴う制度のみが「選択型DC」と呼ばれるようになりそうです。
給与を減額する企業型DCが普及した背景
掛金拠出余力のない企業でも実施可能
確定拠出年金は老後資金を効率的に準備できる制度です。ただ企業型DCは会社が掛金を拠出しなければならないため、その財務上の負担を受け入れられない企業も多いようです。
しかし給与の減額による企業型DC導入であれば既存資金の振替で老後資金を準備できます。企業型DCに加入中の事務手数料を会社が負担すれば企業の負担が増加する要因となりますが、給与の減額により社会保険料や労働保険料(会社負担分)が減少するため、その場合でも実質的な負担は無いか少額になるでしょう。
企業の負担が増加しないDCとしては、本人が掛金を拠出する個人型DC(iDeCo)もありますが、加入者自ら手数料を負担する必要があることや、自ら調べて自ら手続きを行う必要があること、会社に事務をお願いする際に気兼ねが生じやすいこと、拠出限度額が低いこと等から、同じ任意加入のDCであってもその加入率は選択型DCよりも明らかに低いようです。
「希望する者」のみ加入する企業型DC
企業型DCを実施する場合、労働組合や過半数代表者の同意が必要となります。
この同意を得るうえで大いに役立ったと思われるのが、通知で「希望する者」のみを加入者とすることを認めた(注1)ことでしょう。給与(賞与)を減額して企業型DCを導入している制度の記事を見る限り、ほぼ加入選択制(または掛金選択制)を採用しているようです。その場合、加入を希望しない者には代替措置として前払退職金が支給されることが多いようです。この前払退職金の額は、加入者となった場合の事業主掛金(通常は減少給与と同額)と基本的に同額とすることとされています(注2)。これにより企業型DC規約の承認申請用の労使合意要件は満たしやすくなったものと思われます。
(注1)これは企業年金の審査基準としては画期的だったのではないでしょうか。例えば適格退職年金では税務上及び年金制度上好ましくないとして原則として禁止されていました。
(注2)厚生労働省サイト「確定拠出年金制度」確定拠出年金Q&ANo.22。
A.基本的に同額。
労働条件の不利益変更の合理性
労働契約法に規定する労働条件の不利益変更の可否を評価する際も、非加入希望者への影響が抑えられることは合理性を高めることになったと考えられます。
(注)令和元年12月に公表された「社会保障審議会企業年金・個人年金部会における議論の整理 」では選択型DCについて「労働条件の不利益変更」であることを正確に説明することを求めていました(下記)。
しかし、令和2年10月の通知改正(厚生労働省サイト「「確定拠出年金制度について」の一部改正について」参照)では労働条件の不利益変更に係る記載は通知に反映されませんでした(社会保険・雇用保険等の説明のみ反映)。
※ 積極的にDC加入の申出を行わない限りほぼ現状維持が選択できる選択型DCのみを「労働条件の不利益変更」として通知で取り上げることや、社会保険給付や雇用保険給付といった企業が提供しない給付の減少と「労働条件の不利益変更」の関係、保険給付の減少額と保険料の減少額の比較等について整理されないまま通知に反映されることはバランスを欠くと思われることから、部会報告書どおりに通知に記載することは適当ではなかったでしょう。
会社から従業員へのデメリットの説明
令和2年10月には法令解釈通知にも「社会保険・雇用保険等の給付額にも影響する可能性を含めて、事業主は従業員に正確な説明を行う必要がある」と明記されました(厚生労働省サイト「「確定拠出年金制度について」の一部改正について」参照)。選択型DCのメリット・デメリットについてはこのページの他、例えば「選択型DC(選択制DC)とiDeCoの併用」で(iDeCoを併用していない場合についても)解説しています。
給与減額を伴う企業型DC導入の評価
厚生年金の減額
給与の減額を伴う企業型DC導入の場合、一般に厚生年金の年金額の減額を伴うこととなります。しかし私的年金は「公的年金の上乗せの給付を保証する制度」とされている(厚生労働省サイト「私的年金制度の概要(企業年金、個人年金)」参照)ため、厚生年金の減額を伴わずにDCを導入する方が望ましいと考えられます。
給与減額を伴う企業型DC導入の可否(現在の解釈)
とはいえ厚生年金の減額はあくまで給与の減額に付随したものと考えられます。そして給与の減額自体は労働条件の不利益変更の問題であり、企業型DCの審査にその判断を委ねることは難しいでしょう。給与を減額(即ち厚生年金を減額)して企業型DCを導入することは、現在の審査上も否認されていません(厚生労働省サイト「確定拠出年金制度」確定拠出年金Q&A No.70)参照)。
A.給与や賞与の減額の可否については、給与規程の問題である。
厚生年金の給付額への影響
厚生年金保険法上の規定
厚生年金の給付額への影響は、厚生年金保険法43条の「老齢厚生年金の減少額について、被保険者であつた全期間の平均標準報酬額(★)の千分の五・四八一に相当する額に被保険者期間の月数を乗じて得た額とする」を元に算出されます。この★部分は「総額」ではなく「標準報酬月額と標準賞与額に「再評価率」(日本年金機構サイト「年金用語集(再評価)」、同「年金Q&A(年金額の改定について)」参照)を乗じて得た額の総額」であることに注意が必要です。再評価率や年金額の改定率の水準により厚生年金の給付額には容易に2倍以上の差が生じ得るため、再評価率の水準は非常に重要です。
再評価率の推計
この再評価率の合理的な推計方法の一つは、厚生労働省が行っている公的年金の財政検証に基づく推計でしょう。このため財政検証において再評価率の将来推移をどのように見込んだか分かりやすく公表されることが期待されます。前述のとおり令和元年に公表された社会保障審議会企業年金・個人年金部会では、社会保険の給付額への影響について正確な説明をすべきとされている(令和2年10月に通知にも反映)こともあり、今後は年金局内で再評価率の見通しを公表することの重要性が共有されることが期待されます。
また企業型DCの給付と厚生年金の減少給付額を比較する場合は、DCの運用益推計と厚生年金の給付額推計における物価の仮定が整合性をもつようにすることが望ましいでしょう。