コーポレートガバナンス・コードにおける企業年金関連原則と企業型DCに係る報告
【記事公表後の更新情報】
令和元年11月29日に東京証券取引所が「コーポレート・ガバナンスに関する開示の好事例集」を公表したことを受けて記事を更新しました。
企業年金のガバナンスに係るコーポレートガバナンスの充実に向けた取り組み
平成27年の「『日本再興戦略』改訂2015」(閣議決定)を受けて上場企業のコーポレートガバナンスの充実について金融庁や東京商品取引所(東証)を中心に継続的に取り組まれています。
当初は企業年金のガバナンスについては規定されていませんでしたが、平成30年6月1日のコーポレートガバナンスコードの改訂(JPXサイト「改訂コーポレートガバナンス・コードの公表」(2018年6月1日)参照)により、「企業年金のアセットオーナーとしての機能発揮」が原則2-6として追加されました。平成30年末時点でコーポレートガバナンス報告書(CG報告書)における原則2-6のコンプライ率は95%を超えています(金融庁サイト「スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議」第17回資料1-1参照)。
同コードはその後も更なる改善が検討されています(JPXサイト「コーポレートガバナンス」参照)。
コーポレートガバナンス・コードとスチュワードシップ・コード
スチュワードシップ・コードとは
上場企業等に投資を行う機関投資家(※)の行動原則として金融庁は「スチュワードシップ・コード」を平成26年(2014年)に策定し、企業との対話を通じて中長期的視点から投資先企業の持続的成長を促すことを求めています。
※ 年金関係では公的年金の運用機関と企業年金連合会はコードを受け入れていますが、確定給付企業年金(規約型・基金型)や厚生年金基金はほとんど受け入れていません。
コーポレートガバナンス・コードとは
「コーポレートガバナンス・コード」とは、会社(上場企業)が幅広いステークホルダー(株主・顧客・ 従業員・地域社会等)の立場を踏まえた上で、透明・公正かつ迅速・果断な意思決定を行うための主要な原則を取りまとめたもので、東証は平成27年(2015年)6月に適用を開始しました。これは中長期的な企業価値の向上を図るための企業の行動原則と言えます。
両コードの改訂
政府は「『日本再興戦略』改訂2015」(平成27年6月30日閣議決定)において、この2つのコードが車の両輪となって、投資家側と会社側双方から企業の持続的な成長が促されるよう、積極的にその普及・定着を図る必要があるとしており、平成29年5月にはスチュワードシップ・コードが、平成30年6月にはコーポレートガバナンス・コードが改訂(後述する企業年金関連改訂を含む)されました。
改訂コーポレートガバナンス・コードにおける企業年金に関する規定
「原則2-6 企業年金のアセットオーナーとしての機能発揮」の追加
平成30年6月のコード改訂では、「株主以外のステークホルダーとの適切な協働」の章に次の原則が追加されました(JPXサイト「改訂コーポレートガバナンス・コードの公表」(2018年6月1日)参照)。
【原則2-6.企業年金のアセットオーナーとしての機能発揮】
上場会社は、企業年金の積立金の運用が、従業員の安定的な資産形成に加えて自らの財政状態にも影響を与えることを踏まえ、企業年金が運用(運用機関に対するモニタリングなどのスチュワードシップ活動を含む)の専門性を高めてアセットオ ーナーとして期待される機能を発揮できるよう、運用に当たる適切な資質を持った人材の計画的な登用・配置などの人事面や運営面における取組みを行うとともに、そうした取組みの内容を開示すべきである。その際、上場会社は、企業年金の受益者と会社との間に生じ得る利益相反が適切に管理されるようにすべきである。
原則2-6追加時のパブリックコメント
両コードのフォローアップ会議の提案
原則2-6は「スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議」(※1)が平成30年3月26日に公表した「コーポレートガバナンス・コードの改訂と投資家と企業の対話ガイドライン(※2)の策定について」で追加が提言されたものです(それぞれ東証と金融庁がパブリックコメントを実施)。
※1 平成27年8月7日に金融庁と東京証券取引所(東証)が設置。
※2 「投資家と企業の対話ガイドライン」とは両コードの付属文書として、機関投資家と企業が重点的に議論することが期待される事項をとりまとめたものです。企業年金に関しては原則2-6の取組や開示・説明が行われているか対話することが期待されており、母体企業と企業年金の受益者との利益相反が適切に管理されているかについても留意が必要としています。
コード改定案及び対話ガイドラインのパブリックコメントに対する反対意見
パブリックコメントでは下記のような反対意見も寄せられましたが、積立金の運用が従業員の資産形成や自らの財政状態に影響を与えることを企業が十分認識し、自社の置かれた状況に応じて人事面や運営面における取組みを行うことが求められる(原則2-6及び対応する対話ガイドラインは必要)と東証及び金融庁は結論付けました。
・企業規模が大きくないと体制整備が困難。
・企業年金(年金基金)の独立性に対する懸念。
・企業年金を特別視する必要はない(本質的に他の事業部門と同様)。
・コーポレートガバナンスよりもスチュワードシップ・コードが適当。
確定拠出年金(企業型DC)への適用について
コード改定案へのパブリックコメントにおいて、東証は確定拠出年金(企業型DC)への適用について次の通り回答しており、原則2-6で直接想定はしていないものの一般論としてコードがあてはまるとの立場をとっています(対話ガイドラインも同様)。 ここで求められている内容は、確定拠出年金の法令通知でも事業主に求められているものです(「確定拠出年金(企業型DC)における投資教育と継続教育」、「運営管理機関の選定と定期的評価に係る労使協議」、「企業型DCの提示運用商品や指定運用方法に係る労使協議」等参照)。
なお、ご指摘のとおり、確定拠出年金についても運用が従業員の資産形成に影響を与えることは確定給付年金と同様であるため、一般論としては、例えば、運用機関・運用商品の選定や従業員に対する資産運用に関する教育の実施などの場面で、上場会社において適切な取組みがなされることが期待されるものと考えます。
コーポレートガバナンス報告書におけるDCに関する記載状況(平成30年)
コーポレートガバナンス報告書
各社のコーポレート・ガバナンスの状況を投資者により明確に伝える手段として「コーポレート・ガバナンスに関する報告書」(CG報告書)の開示が東証から上場会社に要請されています。企業年金については原則2-6で開示を求められている内容を開示する(または当該原則を実施しない理由を記載する)ことが要請されています。
コンプライ率
平成30年末における原則2-6のコンプライ率は95%を超えました(金融庁サイト「スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議」第17回資料1-1参照)。
(注)厚生年金基金・DB(基金型・規約型)・企業型DC等の制度別のコンプライ率は不明。
コーポレートガバナンス報告書におけるDCに係る記載例
また同会議ではコーポレートガバナンス報告書におけるDCに係る記載例として次の2つが紹介されました(同会議資料1-2参照)。
当社は、従業員の資産形成の支援および企業年金の運用リスクの軽減を図るため、2007年度より確定拠出年金制度を採用しております。従業員の資産形成支援に向けて、教育内容の充実を進めており、新社員教育として確定拠出年金セミナーを実施し、資産運用を始めるにあたっての制度の基本的知識や、運用に関する注意事項等を周知しています。また、年に1回加入者全員を対象として、ライフプランを踏まえた、長期投資・継続投資・分散投資の重要性等について投資教育を実施しているほか、実態に即した効果的な教育となるよう、運営管理機関と連携し、運用状況のモニタリング結果にもとづいて、都度教育内容の見直しを実施しております。
当社は、企業年金として確定拠出年金を採用しており、確定拠出年金の運用については従業員自身が行っております。当社は、従業員の安定的な資産形成を図るべく、資産運用について高い専門性を有する運営管理機関を選定しており、従業員に対して資産運用に関する教育を実施しています。また、今後、確定拠出年金における運用商品の追加等を行う場合は、その選定に際し、運用に関する適切な資質を持った人物や第三者機関の助言を得るなど、従業員の安定的な資産形成につながる体制を構築してまいります。
「コーポレート・ガバナンスに関する開示の好事例集」の公表(令和元年11月)
令和元年11月29日に東京証券取引所は「コーポレート・ガバナンスに関する開示の好事例集」を公表しました(JPXサイト「「コーポレート・ガバナンスに関する開示の好事例集」の公表について」参照)。
確定拠出年金制度を採用する会社に期待される取組
「基本的に基金型・規約型の確定給付年金及び厚生年金基金が対象となる一方、確定拠出年金制度を採用する会社においても、従業員の安定的な資産形成という観点から資産運用に関する教育の実施などが行われることを期待」 としています。
企業型DC実施企業における好事例
好事例の1社は日本通運株式会社で、上記「事例1」でも紹介されています。
もう1社は 株式会社はるやまホールディングス(下記)です。
当社には、企業年金基金制度はありませんが、従業員の安定的な資産形成のため確定拠出年金制度を導入しており、運用商品については、老後の資産形成ということも視野に、リスクの高いものは極力避け、手数料負担の少ない商品を中心に選定しております。
資産運用に関する従業員教育については、専用サイトに運用商品の実績掲出はもちろん、確定拠出年金制度の基礎知識動画の配信、各ライフプラン・シミュレーションの情報提供を行うほか、運営管理機関との定期的なモニタリングレポート内容の共有やセミナー参加等を通じて、適切な資質をもった確定拠出年金教育担当者の育成にも取り組んでおります。
事例1と事例3に共通するのは投資教育への取組が記載されていることです。
一方、事例2の運営管理機関の選定の取組は今回の好事例集からは除かれており、その理由が気になるところです。
各企業が委託している運営管理機関は様々であり、特定の企業の取組を好事例と評価することは波紋を呼ぶかもしれません。しかし運営管理機関の評価はコーポレートガバナンスの重要な取り組み課題の1つと思われることから、報告書においてどう取り扱うべきか検討されることが必要でしょう。