DC非加入の有期雇用者への代替措置要件の変更(令和2年10月)とメトロコマース最高裁判決(同一労働同一賃金)

 

同一労働同一賃金の年金局長通知(DC・DB)への反映(令和2年10月)

 令和2年9月30日に発出された通知厚生労働省サイト「「確定拠出年金制度について」の一部改正について」参照)により、令和2年10月1日からDCの法令解釈通知「確定拠出年金制度について」の加入者資格要件や掛金額要件に次の内容が追加されます。DBの法令解釈通知についても同様です。

「 短時間・有期雇用労働者及び派遣労働者に対する不合理な待遇の禁止等に関する指針」(平成30年厚生労働省告示第430号)の「基本的な考え方」を踏まえること

告示第430号はいわゆる「同一労働同一賃金ガイドライン」厚生労働省サイト「同一労働同一賃金ガイドライン」参照)と言われるもので、平成30年12月28日に告示されました。この告示は令和2年4月1日(中小事業主は令和3年4月1日)に施行されることから、DC・DBの通知も令和2年4月1日に改正されるものと予想されましたが、6カ月遅れての改正となりました。

「基本的な考え方」のDC等への適用

「基本的な考え方」の内容

 この指針は、通常の労働者と短時間・有期雇用労働者及び派遣労働者との間に待遇の相違が存在する場合に、いかなる待遇の相違が不合理と認められるものであり、いかなる待遇の相違が不合理と認められるものでないのか等の原則となる考え方及び具体例を示したものである。事業主が、第3から第5までに記載された原則となる考え方等に反した場合、当該待遇の相違が不合理と認められる等の可能性がある。なお、この指針に原則となる考え方が示されていない退職手当、住宅手当、家族手当等の待遇や、具体例に該当しない場合についても、不合理と認められる待遇の相違の解消等が求められる。このため、各事業主において、労使により、個別具体の事情に応じて待遇の体系について議論していくことが望まれる

(注)「基本的な考え方」の後半は省略しました。

企業年金への適用

企業年金は同一労働同一賃金ガイドラインにおける「待遇」か

 「待遇」については通達厚生労働省サイト「短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律の施行について」参照)で次のとおり規定されており、企業型DCの事業主掛金や企業が採用しているDB等も「待遇」に含まれると考えられます。

「待遇」には、基本的に、全ての賃金、教育訓練、福利厚生施設、休憩、休日、休暇、安全衛生、災害補償、解雇等の全ての待遇が含まれること。
 一方、短時間・有期雇用労働者を定義付けるものである労働時間及び労働契約の期間については、ここにいう「待遇」に含まれないこと。なお、事業主ではなく、労使が運営する共済会等が実施しているものは、対象とならないものであること。

 DCやDBが同一労働同一賃金ガイドラインに原則となる考え方が示されていない待遇に該当する場合、上記の「基本的な考え方」に従い労使により不合理と認められる待遇の相違の解消等が求められ、労使により個別具体の事情に応じて待遇の体系について議論していくことが望まれることとなります。これはDC・DBの法令解釈通知への記載の有無に関わらず求められるものであり、令和2年4月時点で適用されていたと解釈されます。

具体的で明確な審査基準を設定できるか

 同一労働同一賃金ガイドラインにおいて退職金等に係る具体的な基準が示されていない理由について、安倍首相(当時)は衆議院本会議(平成30年4月27日)次のとおり答弁しています。

御指摘の退職金や住宅手当などがガイドライン案に記載されていないのは、その性格に照らして、どのような待遇差が不合理であるかについて一律にルールを設けることが難しいという理由によるものです。
 今回の法案は、ガイドライン案に記載されていない待遇差を除外することなく、御指摘の退職金や住宅手当などを含め、不合理な待遇差の是正を求める労働者が裁判で争えることを保障しています。
 これを見る限り、パートタイム・有期雇用労働法と完全に一致する具体的で明確な審査基準を設定することはできないものと思われます。このためDCやDBの企業年金上の審査基準には、パートタイム・有期雇用労働法よりも厳しく設定されている部分と、未設定であること等により同法よりも緩やかな基準となっている部分(裁判で否認される可能性がある部分)が混在しているものと推測されます。

通知案に対するパブリックコメントへの厚労省回答

 通知案発出に先立って行われたパブリックコメントにおいて、加入者資格を設定する際に同一労働同一賃金ガイドラインの「基本的な考え方」を踏まえることとする案に対し、それが審査に与える影響を尋ねる意見が提出されていました。それに対する厚生労働省の回答は次のとおりです(e-Gov「「確定拠出年金制度について」の一部を改正する通知案等に関する御意見募集(パブリックコメント)についてに対して寄せられたご意見について」参照)

 なお今回のパブリックコメントでは加入者資格については改正案を示し意見募集を行ったものの、代替措置の要件は改正案を示さないまま改正(下記)がなされました。仮に加入者資格の審査基準が変更されなかったとしても、代替措置の審査基準が厳格化された場合には、多くの企業に影響が及ぶものと予想されます。
No.意見回答
「「短時間・有期雇用労働者及び派遣労働者に対する不合理な待遇の禁止等に関する指針」(平成30年厚生労働省告示第430号)の「基本的な考え方」を踏まえることを追加する。」とありますが、具体的にはどうすればいいのか、がわかりにくく、運営に混乱が生じる懸念を抱く。非正規をDCの加入者から除外することは、現在ほとんどの制度で実施されていると理解しているが、今後はそういった設計では規約は承認されないということか。すでに承認された規約については影響があるのか。事業主に明確な基準を明示すべき。御指摘の改正によって具体的な取扱いを変更するものではありません。
承認基準に「短時間・有期雇用労働者及び派遣労働者に対する不合理な待遇の禁止等に関する指針」の「基本的な考え方」を踏まえることを追加することとされているが、これは当該指針が告示されたことも踏まえ明示的に記載されるものであり、従前から同一労働同一賃金に相反するような特定の者に不当に差別的に「一定の資格」を設けることはできないものと考えられるところ、今回の追加をもって具体的な承認基準が変更されるものではないとの理解でよいか。
 

雇用期間3年未満のDC非加入者の代替措置要件の改正(令和2年10月施行)

課長通知(DC)の改正内容

 令和2年9月30日に発出された通知厚生労働省サイト「「確定拠出年金の 企業型年金に係る規約の承認基準等について」 の 一部改正 について」参照)により、令和2年10月1日より通知「確定拠出年金の企業型年金に係る規約の承認基準等について」が次のとおり改正されます。

改正後改正前

なお、従業員のうち、嘱託、臨時雇員(いわゆるパート職員を含む。)等、企業型年金加入者となる従業員と比べて給与規定、就業規則、雇用形態、退職金の適用の有無が異なる等、労働条件が著しく異なっている者については、企業型年金加入者とせず、かつ退職手当制度等において、企業型年金への事業主掛金の拠出に代わる措置を講じないこととした場合でも、必ずしも不当に差別的な取扱いを行うこととならないものであること。

また、法第3条第3項第 10 号に規定する算定方法に関する事項を企業型年金規約に定めたときは、 勤務当初から雇用期間が当該算定方法に係る期間未満であることが雇用契約等により確実に見込ま れる者については、労使合意により作成される企業型年金規約等により明確化されるのであれば、代替措置を不要とすることが可能であること。

なお、従業員のうち、嘱託、臨時雇員(いわゆるパート職員を含む。)等、企業型年金加入者となる従業員と比べて給与規定、就業規則、雇用形態、退職金の適用の有無が異なる等、労働条件が著しく異なっている者については、企業型年金加入者とせず、かつ退職手当制度(退職金前払い制度を含む。) 等において、企業型年金への事業主掛金の拠出に代わる措置を講じないこととした場合でも、必ずしも不当に差別的な取扱いを行うこととならないものであること

また、勤務当初から雇用期間が3年未満であることが雇用契約等により確実に見込まれる者については、労使合意により作成される規約等により明確化されるのであれば、代替措置を不要とすることが可能であること。

 

 今回の通知改正が同一労働同一賃金ガイドラインを意識したものであれば、上記また書きは令和2年4月に改正されるべきだったかもしれません。しかしそれ以上に改正時期や改正の意図について気になる点があります。

労働契約法20条の制定時(平成25年)における有期契約労働者の取扱い

 平成24年8月10日に公布され平成25年4月1日に施行された労働契約法20条(期間の定めがあることによる不合理な労働条件の禁止)では、有期契約労働者について次のとおり規定されました(なお労働契約法20条は令和2年4月にパートタイム・有期雇用労働法8条に統合)。

有期労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件が、期間の定めがあることにより同一の使用者と期間の定めのない労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件と相違する場合においては、当該労働条件の相違は、労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下この条において「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない

 この条が制定された際は、DCの通知における上記記載が削除されるものと思われました(その場合でも「労働条件の著しい相違」要件を使えば柔軟に審査基準を設定できたと思われます)が、結局令和2年まで上記記載は見直されませんでした。また通知のまた書き部分の改正内容も、現在の記載の削除や職務の内容等の要件の追加ではなく、事業主返還に係る要件の追加でした。

代替措置不要となる事業主返還の要件

通知を記載通りに解釈する場合

 各規約に定める事業主返還要件の主な構成要素は、①使用された期間(最長でも3年未満)、②加入者資格喪失事由、③返還割合、です。今回の通知では①の期間と代替措置要件とは揃えられましたが、②③については特に対象外となる要件は示されておらず、通知だけでは「懲戒解雇のみ返還」や「50%のみ返還」でも代替措置が不要となるようにも読めます。

厚労省Q&Aとの関係

 今回の通知(また書き部分)は従来の下記Q&A厚労省サイト確定拠出年金制度「確定拠出年金Q&A」No.36参照)と類似しています。この回答は改正前の通知と同様に「必ずしも事業主返還が要件ではない」との解釈もできる表現でしたが、今後は改正後通知に合わせた解釈が求められるものと思われます。

Q.勤続期間が3年に満たない者に対して掛金の事業主返還規定を設けている場合に、雇用期間が当初から3年未満であることが明確であるような者への代替措置を不要とできないか。

A.雇用期間が3年未満であるということが雇用契約等により確実に見込まれる者については、労使合意により作成される規約等により明確化されるのであれば、代替措置を講じないことも可能である。なお、当初、雇用期間が3年未満であるため代替措置を不要とされた者が、雇用期間が更新され、結果として3年以上の雇用期間になることが見込まれる場合は、その時点でDCの加入対象とする必要がある

 

事業主返還の要件との整合性

 法令上、障害給付金の受給権者及び次の事由による加入者資格喪失者の資産については事業主返還の対象外とされています。

① 死亡
②使用される事業所が実施事業所でなくなった
③規約変更による加入者資格喪失
④加入者資格喪失年齢到達

 これだけ見れば「会社都合退職」等における事業主返還は禁止されていません。一方でDC制度創設時の文献(尾崎俊雄「日本版401k 導入・運営・活用のすべて」)や規約例(社会保険研究所「確定拠出年金制度の解説」)を見る限り、会社都合退職等の本人の責に帰し得ない理由による加入者資格喪失時の事業主返還はできないようにも思われます。仮に雇用期間満了者の事業主返還が現在禁止されているのであれば、代替措置を不要とするとバランスを欠くこととなります。

 今回の通知改正を機に①会社都合退職者や定年退職者、雇用期間満了者等に対する事業主返還の可否、及び②それを企業型DCの代替措置要件と揃えることの要否について明確にすることが期待されます。

メトロコマース最高裁判決の影響

令和2年10月13日のメトロコマース訴訟の最高裁判決裁判所Webサイト「令和元年(受)第1190号,第1191号 損害賠償等請求事件 令和2年10月13日 第三小法廷判決」参照)で有期雇用契約者への退職金の不支給が不合理な格差にはあたらないと判断されました(高裁判決では4分の1すら支給しないことは不合理とされていましたが、覆されました)。

今回の判決では「退職金が有する複合的な性質やこれを支給する目的をも十分に踏まえて検討する必要がある」としたうえで、正社員人材の確保もその目的と認めたうえで、職務の内容等の差を判断理由としていること(注1)が特徴と考えられます。

(注1)正社員に対する退職金が有する複合的な性質やこれを支給する目的を踏まえて、売店業務に従事する正社員と契約社員Bの職務の内容等を考慮すれば(略)、両者の間に退職金の支給の有無に係る労働条件の相違があることは,不合理であるとまで評価することができるものとはいえない

DCの審査基準への影響

今回の判決は、DCの審査基準を満たした企業型DC(及び代替措置)における格差が労働法上不合理な格差と判断される可能性を高めるものではありませんでした。

ただし、代替措置を不要とした従業員がいる企業では、制度の目的や職務の内容等の違いを社内で整理し明文化しておくことも考えられます。なお、補足意見ではDCを退職金よりも有期雇用者向けの制度と評価している意見もあること(注2)から、退職金の判決をそのまま企業型DCに適用できない可能性もあります。

DC非加入者への代替措置要件に係る通知の「3年未満」要件はやはり平成25年に削除する、あるいは一定の職務の内容等(配置その他の事情を含む)の相違条件も併せて満たすことを求めた方が適切であったと思われます。

(注2)企業等が,労使交渉を経るなどして,有期契約労働者と無期契約労働者との間における職務の内容等の相違の程度に応じて均衡のとれた処遇を図っていくことは,同条(当サイト注:労働契約法第20条)やこれを引き継いだ短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律8条の理念に沿うものといえる。現に,同条が適用されるに際して有期契約労働者に対し退職金に相当する企業型確定拠出年金を導入したり,有期契約労働者が自ら掛け金を拠出する個人型確定拠出年金への加入に協力したりする(当サイト注:iDeCoプラスや奨励金等か)企業等も出始めていることがうかがわれるところであり,その他にも,有期契約労働者に対し在職期間に応じて一定額の退職慰労金を支給することなども考えられよう。