熊本国税局における退職所得審査事例(旧定年)の公表と課題

確定拠出年金(iDeCo・企業型DC)の場合、支給された一時金が老齢給付金なら退職の有無に関わらず「退職所得」、それ以外なら「退職所得以外」と、裁定の時点で所得の区分が明確になります。しかし退職一時金や確定給付企業年金(DB)からの一時金の場合、退職以外の契機により支給される場合や、支給額の算定式が退職時と異なる場合、退職所得となるか否かが明確ではない場合があります。

旧定年での支給(平成31年3月1日熊本国税局事例)

所得税基本通達30-2(5)では、次の場合には退職所得になるとされています。

労働協約等を改正していわゆる定年を延長した場合において、その延長前の定年(旧定年)に達した使用人に対し旧定年に達する前の勤続期間に係る退職手当等として支払われる給与で、その支払をすることにつき相当の理由があると認められるもの

 
この通達の解釈について熊本国税局が(ア)定年延長前に入社した従業員はこれに該当し、(イ)定年延長後に入社した従業員はこれに該当しないものとして取り扱った事例が平成31年3月1日に公表されました国税庁サイト熊本国税局文書回答事例「定年を延長した場合に従業員に対してその延長前の定年に達したときに支払う退職一時金の所得区分について」参照)

退職後に支給される額

この他、退職所得となるか否かの判断が難しいケースとして、制度廃止時(他の制度に移行する場合を含む)があります。

給付が退職所得に該当するか否かを判断するにあたり、①退職を契機として受給したか否か(即ち退職しなければ受給できなかったか否か)、②受給時期は退職以降か、③受給額は規定上退職を事由とする算定式によるものか否か、という要素に分けた場合、通常の退職金等は①②③の全てに該当します。しかし、確定給付型の企業年金を廃止する場合(他の制度に移行する場合を含む)には③を満たさないことが一般的です。このような場合の取扱いについて、退職所得に係る源泉徴収事務を行う機関のサイト掲載資料等を見る限り、①②を満たしていても退職所得と認めないケースもあれば、①③を満たしていなくても退職所得と認めるケースもあるように思われ、現状では判断基準の理解が難しいように思われます。このため、①~③の一部のみ満たすケースについては、退職所得となるか否かの判断基準を源泉徴収事務を行う機関(給付の支払機関)または所轄の税務署等に確認した方が良いでしょう。

適格退職年金と確定給付企業年金の違い

(以下は実務上の裏付けのない推測であり、実務者からみて不正確かもしれません。)

上記の熊本国税局の審査事例に対する関係機関のサイト掲載資料を見る限り、DBにおいてはそれが退職所得とならない可能性を十分想定した設計や説明とはなっていなかったかもしれません。DB受託機関のほとんどは適格退職年金を長年受託した実績があることから、適格退職年金ではそのような問題がほとんど起こっていなかったのかもしれません。

DBは厚生労働省が承認(認可)する制度ですが、適格退職年金は国税庁が承認する制度です。そしてDBの老齢給付金の受給資格要件(退職時以外)は退職所得か否かと直接結びつくものではありませんが、適格退職年金の受給資格要件は通達において「所得税基本通達30-2に掲げる退職に準じた事実等が生じた場合」等の記載があり、税務上の取扱いと受給資格が密接に結びついていました。そして適格退職年金契約に関する通達や公表されている質疑応答事例を見る限り、今回の熊本国税局の事例のような事例は見つけられませんでした。

DB加入者の利益を考える場合、DBの加入者(であった者)が税務上の取扱いを裁定請求前に予見できるような仕組みが必要でしょう。基本的には「老齢給付金」である一時金が退職所得とならないケースが限定的でかつ明確になるように、受給資格を審査すべき厚生労働省、所得区分を審査すべき国税庁、受託機関等の間で調整されることが期待されます。
また上記①②の条件を満たす給付については退職所得であると明示し、その旨を源泉徴収義務機関に通達すべきでしょう。