退職金や確定給付企業年金(DB)等から確定拠出年金(企業型DC)への移換額に係る労使協議
確定拠出年金への移換額とは(制度改廃時)
確定拠出年金の掛金は今後の各月の加入に対して拠出されるものです。このため、例えば退職給付制度を過去勤務分も含め全て確定拠出年金(企業型DC)に移行する場合等には、掛金とは別に過去勤務に係る払込も行うことが必要となります。この過去勤務に係る払込を「移換(いかん)」といいます。
移換対象者、移換額、移換日は労使合意のうえ企業型DC規約に記載します。退職金からの移換は会社から企業型DCに払込まれますが、確定給付企業年金(DB)・厚生年金基金・中小企業退職金共済(中退共)からの移換は当該制度の受託機関から企業型DCに払込まれます(なお以前は適格退職年金からの移換も行われていましたが、適格退職年金の場合は一旦会社に返金後会社が払込んでいました)。
既得権への配慮(移行直前の給付額の保証)
労使合意を得るうえで、DCの給付水準が変更前の給付水準を下回るかどうかは重要です。どの時点の給付水準で比較するかについては、企業型DCへの移行時や実際の退職時(移行から定年までのどこか)、あるいはその後の年金受給時等、多くの時点が考えられます。しかしその中で最もわかりやすいのは、移行時点でしょう。このため会社の経営上の理由や実務上の特段の障害がない限り、移行時点で退職した場合の給付額(※)が減額とならないようにしたほうが合意が得やすいでしょう。
※ 退職金制度ではその時点で退職した場合の給付額を「要支給額」と呼びますが、このサイトでは企業年金についても同様の額(一時金換算)を要支給額と呼びます。
退職事由による要支給額の違いへの対応
企業型DCでは退職事由による差異を設けることは原則として(※)できませんが、退職金や確定給付企業年金(DB)等では一般に退職事由によって要支給額が異なります。
※ 勤続3年未満の退職者については一定の範囲内で差を設けることができます(「事業主掛金の事業主返還」参照)。
このため給付水準を比較するためには、退職事由の前提が必要となります。これは例えば次のような対応が考えられます。
② 制度改定が会社主導のため会社都合基準を用いる
③ 発生確率からみて合理的と考えられる退職事由を用いる
④ 自己都合基準で移換し、他の事由の退職者には退職時に別途支給
移行元制度が年金支給の場合の対応
年金原資と選択一時金額の差異
移行元制度が企業年金の場合、移行元制度では長期勤続者は一般に年金受給か一時金受給かを選ぶことができます。このため移行時や退職時の移行元制度の給付水準を評価する場合、年金と一時金のどちらを選択するか仮定する必要があります。
年金基準の採用理由
従業員の同意が得やすいのは、従業員が「年金か一時金か有利なほう」を選択すると仮定することです。終身年金の場合や、有期(確定)年金でも年金換算利率が想定利回りよりも高い場合は年金のほうが有利と考えることができます。確定給付企業年金(DB)や厚生年金基金の本来の給付は年金であること(一時金選択を認めるか否かは任意)も年金基準の論拠といえます。
一時金基準の採用理由
企業年金は単なる退職金の社外積立であり、年金化は認可(承認)基準を満たす(税制優遇を受ける)ための形式的なものとの位置づけであれば、一時金の方が本来給付という見方もできます。また一時金基準のほうがわかりやすいかと思います。
また先ほどの「年金が有利」は税を考慮する前の評価であり、所得税控除後の額としては前提によっては一時金の方が有期年金よりも有利かもしれません。また一時金選択者が多い企業では、一時金基準は実態を反映してるともいえます。
一般的な採用状況
このように一時金基準か年金基準かというのは労使で意見が分かれそうなところですが、企業年金から確定拠出年金への移行にあたりこれに関する記事等があまり見られないところを見ると、一時金基準の採用が実態として多いのかもしれません。
一時金基準を受け入れるという譲歩をしたうえで、年金選択者(運用指図者)に係る事務費負担を会社に求める等、労使の争点全体でバランスが取れるように協議することも現実的な対応でしょう。
法令上の制約への対応
定年退職時の受給見込額の保証
掛金額と運用見通しに係る労使協議
DC導入後の退職はいつ発生するかわかりませんが、まずは定年退職を想定して受給見込額が下がらないか(「減少退職金 ≦ 事業主掛金+移換額+運用益」が成立するか)を確認することがわかりやすいでしょう。
労使協議の順序としては、まず移換額のない今後の入社者の設計を検討し、上記不等式における掛金や運用利回りの見通しについて合意を得たうえで、移換額の検討に進むることがわかりやすいでしょう(「企業型DCにおける想定利回りの決め方」参照)。
移換額と受給見込額の増減
退職金や企業年金から確定拠出年金(企業型DC)に移行する場合、移換額は受給見込額の増減に大きく影響します。影響の内容は移行元制度の給付算定式等によって大きく異なります。
ポイント制や給与比例の退職金や企業年金から移行する場合
退職金等の自己都合要支給額と、想定利回りで運用した場合に元の退職金水準に到達するための移換額は通常は一致しません。モデルケース(従業員が標準的と受け入れやすいもの)に沿って昇格している在籍者モデルに限定した場合でも、一致させるためには細かい移換額の補整が必要となることが一般的と思われます。
(例)例えば単価1万円のポイント制退職金をDCに移行する場合に、元の受給額に達するための移換額は概ね次のようになると思われます。
② 定年前…累計ポイント×1万円×α%
(α%は制度年齢が若くなるにつれて少しずつ小さくなります。下がり方は制度や個人によって異なります。)
(注)この例では自己都合要支給額を移換すると、自己都合減額率が大きい世代の在籍者は元の退職金水準に到達しないことが多いと思われます。一方(自己都合削減率を撤廃し)会社都合要支給額を移換すると、元の退職金水準を上回りやすいと思われます。
想定利回りと移換額の関係
想定利回りが高いほど元の退職金水準に達するための移換額(上例のα)は小さくなります。
また投資理論では年齢に応じてリスクが低下するような運用が一般的に望ましいとされていますが、その場合年齢に応じて期待収益率も下がることとなります。このため新入社員の全期間の平均的な期待収益率を「想定利回り」とすると、DC導入時の在籍者の退職までの平均的な期待収益率は「想定利回り」よりも低くなります。このため、その分移換額が多めになるように設計しておかないとその後の投資教育と矛盾するおそれが生じます(「確定拠出年金の想定利回りを意識した投資教育」参照)。
わかりやすく、従業員が不利になりにくい移換額という点では、α=100%として移換することも現実的な選択肢でしょう。
キャッシュバランスプランから移行する場合
(「キャッシュバランスプランから確定拠出年金(企業型DC)への移換」参照。)
将来分のみDCに移行する場合の受給見込み額の増減
移換額がある確定拠出年金(企業型DC)の給付は、①掛金、②掛金への運用益、③移換額、④移換額への運用益、の4つの要因で増加することになります。一方、将来分のみ移行(移換額なし)の場合は、確定拠出年金の給付は①②の2つの要因で増加し、③は退職金で支給されますが、④は通常ありません。このため将来分のみ確定拠出年金(企業型DC)に移行する場合は「在籍者の多くが元の受給額に到達しない」設計になりやすいので注意が必要です。