賃金請求権の消滅時効期間及び記録保存期間の延長(民法改正に伴う労働基準法の改正)

労働基準法の一部を改正する法律の成立

令和2年3月27日に「労働基準法の一部を改正する法律」案が成立し、同年3月31日の公布を経て同年4月1日に施行されることとなりました。この法律では、同日施行される「民法の一部を改正する法律」で使用人の給料に係る短期消滅時効が廃止されることを踏まえ、賃金請求権の消滅時効期間が延長されるとともに、賃金台帳等の記録の保存期間も延長されます。
これは企業型DCの非加入者に代替措置として支給される賃金(前払退職金等)にも適用されると考えられます。

賃金請求権の消滅時効期間

賃金請求権の消滅時効期間に係る改正内容は次のとおりです。

  改正前 改正後
民法 労働基準法
(※1)
民法 労働基準法
(※1)
賃金 1年
(※2)
2年 5年
(※3)
5年
(当分の間3年)
退職手当 10年
(※4)
5年 5年
(※3)
5年
(変更なし)

※1 労働基準法の賃金等請求権の消滅時効規定は、民法の特別法として優先適用
※2 月以内の時期によって定めた使用人の給料に係る債権の消滅時効期間(短期消滅時効)
※3 改正後は契約に基づく債権の消滅時効期間は原則5年(短期消滅時効は廃止)
※4 民法の原則的な消滅時効期間(改正前)

改正前

民法において、改正前の短期消滅時効(1年)が一般債権の消滅時効(10年)よりも短いのは、その権利関係を早期に決着させることで将来の紛争を防止すること等を意図したものといわれています。

一方、改正前の労働基準法は労働者保護の観点から民法よりも長い消滅時効期間が定められていました。

改正理由

民法上は細かな特例が存すると対応が難しいことや、特例が適用される場合とそれ以外では債権の性質のわずかな違いで時効期間に大きな差が生ずる場合がある等の課題があったことから短期消滅時効の特例は廃止されました。

時効期間を民法と同じ5年に延長し労働者の権利を拡充することは労働基準法においても望ましいことではあるものの、その場合に企業実務に支障がでること等を懸念する意見もあったため、当分の間は3年への延長に留める経過措置が設けられ、法の施行から5年経過後の状況を見て改めて検討するとされました。 

改正後の消滅時効期間は施行日以後に賃金支払日が到来する賃金請求権について適用されます。

消滅時効の起算点

消滅時効の起算点について民法では「知った時」という主観的起算点が採用されましたが、賃金請求権については主観的起算点と客観的起算点は基本的には一致していると考えられることから、労働基準法では客観的起算点である「行使することができる時」と明確にされました。

改正後の労働基準法(時効)

第百十五条(時効)

この法律の規定による賃金の請求権はこれを行使することができる時から五年間、この法律の規定による災害補償その他の請求権(賃金の請求権を除く。)これを行使することができる時から二年間行わない場合においては、時効によつて消滅する。

附則第百四十三条第三項

第百十五条の規定の適用については、当分の間、同条中「賃金の請求権はこれを行使することができる時から五年間」とあるのは、「退職手当の請求権はこれを行使することができる時から五年間、この法律の規定による賃金(退職手当を除く。)の請求権はこれを行使することができる時から三年間」とする。

記録の保存期間等の延長

労働基準法における賃金台帳等の記録の保存期間についても、賃金請求権の消滅時効期間と同様に5年に延長されます(改正前は3年)が、当分の間は3年とする経過措置が設けられました。

改正後の労働基準法(記録の保存)

第百九条(記録の保存)

使用者は、労働者名簿、賃金台帳及び雇入、解雇、災害補償、賃金その他労働関係に関する重要な書類を五年間保存しなければならない。

附則第百四十三条第一項

第百九条の規定の適用については、当分の間、同条中「五年間」とあるのは、「三年間」とする。

対象となる記録

上記の対象となる記録は次のとおりです厚生労働省サイト「改正労働基準法等に関するQ&A」参照)

①労働者名簿
②賃金台帳
③雇入れに関する書類
 (例:雇入決定関係書類、契約書、労働条件通知書、履歴書、 身元引受書等)
④解雇に関する書類
 (例:解雇決定関係書類、解雇予告除外認定関係書類、 予告手当または退職手当の領収書等)
⑤災害補償に関する書類
 (例:診断書、補償の支払、領収関係書類等)
⑥賃金に関する書類
 (例:賃金決定関係書類、昇給・減給関係書類等)
⑦その他労働関係に関する重要な書類   
 (例:出勤簿、タイムカード等の記録、労使協定の協定書、各種許認可 書、始業・終業時刻など労働時間の記録に関する書類(使用者自ら 始業・終業時間を記録したもの、残業命令書及びその報告書並びに 労働者が自ら労働時間を記録した報告書)、退職関係書類、休職・ 出向関係書類、事業内貯蓄金関係書類等)

保存期間の起算日

保存期間の起算日は労働基準法施行規則56条で規定されていますが、今回の改正で2項・3項が追加されました。
例えば賃金計算期間を当月1日~末日、賃金支払期日を翌月 10 日と定めているケースにおいては、タイムカード等、賃金計算に係る記録の保存期間は、翌月 10 日から起算して3年の保存が必要です。 

法第百九条の規定による記録を保存すべき期間の計算についての起算日は次のとおりとする。

一 労働者名簿については、労働者の死亡、退職又は解雇の日
二 賃金台帳については、最後の記入をした日
三 雇入れ又は退職に関する書類については、労働者の退職又は死亡の日
四 災害補償に関する書類については、災害補償を終つた日
五 賃金その他労働関係に関する重要な書類については、その完結の日

 前項の規定にかかわらず、賃金台帳又は賃金その他労働関係に関する重要な書類を保存すべき期間の計算については、当該記録に係る賃金の支払期日が同項第二号又は第五号に掲げる日より遅い場合には、当該支払期日を起算日とする。

前項の規定は、第二十四条の二の二第三項第二号イ及び第二十四条の二の三第三項第二号イに規定する労働者の労働時間の状況に関する労働者ごとの記録、第二十四条の二の四第二項(第三十四条の二の三において準用する場合を含む。)に規定する議事録、年次有給休暇管理簿並びに第三十四条
の二第十五項第四号イからヘまでに掲げる事項に関する対象労働者ごとの記録について準用する。

パソコン等による記録の保存

労働基準法第109条に基づき労働者名簿、賃金台帳、雇入、解雇、災害補償、賃金その他労働関係に関する重要な書類をパソコン上で作成して保存する際は、以下の要件等を満たすことが必要です厚生労働省サイト「労働基準法に関するQ&A」

・法令で定められた要件を具備し、かつそれを画面上に表示し印字することができること。
・労働基準監督官の臨検時等直ちに必要事項が明らかにされ、提出し得ること。
・誤って消去されないこと。
・長期にわたって保存できること。