加入者による事業主掛金の選択(企業型DCの基準給与の選択)の課題

企業型DC加入者による給与の選択(事業主掛金の選択)

確定拠出年金(企業型DC)における事業主掛金の決め方は「給与×一定率」または「定額」またはその合計とされており、「一定率」も「定額」も加入者が選択することはできません。また給与比例を複数階建とすることが認められないため、階数を選択することもできません(このページの一番下に記載)
しかし記事によれば、企業型DCの加入者が自身の給与を選択することで、加入者が自身の事業主掛金を選択できる制度が承認されています。

これまでの議論

企業型DCの加入者が自身の給与を選択する制度の是非については、審議会等ではほとんど議論されていません。これは、①統計資料上一般の給与比例制度と区分した集計や報告がなされていない(注)こと、②法令通知上企業型DCの加入者が自身の給与を選択することの可否が記載されていないこと、③関係者から要件の見直しが要望されていないこと等が理由として考えられます。

(注)例えば平成26年の厚生労働省社会保障審議会第9回企業年金部会では「8割以上が給与比例」で「昇格・昇級に伴い掛金額が増えるタイプ」と解説されていますが、その中には「本人の選択で掛金額が増減する」制度が多数(「定額掛金」以上ともいわれています)含まれていると思われます。

企業型DCで事業主掛金算出に用いる「給与」の要件

Q1.加入者自身が選択できる額は「給与」と認められるべきでしょうか?

確定拠出年金の通知上の要件

「給与」の要件として、通知上「年金制度のために特別に定められた給与であっても、事業主による恣意性が介入するおそれがないと認められるものについては給与とすることができる」とは規定されていますが、企業型DC加入者の恣意性を排除する規定はありません。

企業型DC加入者が提供する労働との関係

「給与」という言葉からはその金額は、労働の質・量・人事政策(長期勤続に対する評価等)に基づき会社が労働の対償として定めた額という印象を受けます。一方、本人の選択のみで何十倍もの違いが生じる額は、労働に応じた額ではなく個人が処分権を有する額の処分の内訳という印象も受けます。

(注)既に当該制度を導入している企業への影響を考えると、①複数階建DCの容認(後述)、②事業主掛金を超えるマッチング拠出の容認、③60歳前の受給要件の緩和)等の環境が整わないと、見直しは現実的ではないかもしれません。

このような企業型DCは「貯蓄」か「年金」か

法成立時の「貯蓄」か「年金」かの質疑

加入者が事業主掛金を選択する制度はマッチング拠出が認められるかなり前から認められていたようです。マッチング拠出については平成13年のDC法成立時の国会審議では次の質疑がありました(一部簡略化)。

委員:非課税枠の範囲であれば、マッチング拠出を認めない理由はないのでは?
年金局長:事業主拠出に対して付加的で拠出が任意で運用も自ら選択すると貯蓄そのもの。

「企業型DCの加入者が自身の事業主掛金を選択する制度」は「事業主拠出に対して付加的」ではないため上記質疑をそのまま当てはめることはできませんが、もし当該制度の是非を上記質疑に続けて質問していたとすれば、どのように答弁されたでしょうか?

加入者による事業主掛金額の年間変更申出回数(上限)

個人型DC(iDeCo)やマッチング拠出の場合、「貯蓄か年金か」の議論により、原則「年1回」の額変更しか認められない旨が政令に規定されています。
一方一般の「給与」は昇格や業務遂行状況等により1年間に複数回変更されることが当然起こり得、それを企業型DCの掛金算定用の給与としてそのまま用いることは問題ないでしょう。しかし記事によれば(一般の給与ではない)加入者自身の選択による給与にも「年複数回」(注)の増減が認められているようです。
(注)記事によれば初期には「年1回」という要件が存在したようです。

Q2.企業型DC加入者自身の選択による事業主掛金額の年間変更回数に上限は必要でしょうか?

企業型DC加入者が選択できる事業主掛金額の下限

法令通知上拠出額に下限はありませんが、実態としては下限があるらしく、いくつかの下限金額の可否について記事になったこともあります。下限が存在する場合、労使が交渉しやすいよう基準が明示されることが期待されます。

Q3.加入者の選択による事業主掛金額の下限はどうあるべきでしょうか?
 

(参考)加入者が掛金額を選択できるDCの比較

DCの掛金を加入者が拠出する場合には加入者が掛金額を選択できます。
個人型DC(iDeCo)の加入者拠出(個人型年金加入者掛金)や、企業型DCのマッチング拠出(企業型年金加入者掛金)がこれに該当します。
これら3つの制度の要件には次のような違いがあります。

 個人型DC
(iDeCo)
マッチング掛金選択型DC(注)
拠出額の本人選択可能
(法68条)
可能
(法19条)
可能(直接的な根拠規定なし)
拠出額の選択肢定額の
選択肢のみ
定額の
選択肢のみ
定額以外も可
拠出できる上限
(DB等非加入の会社員の場合)
月2.3万円次の①②のいずれか低い額
① 月5.5万円-事業主掛金
② 事業主掛金
月5.5万円
拠出額引き上げの選択可能可能可能
拠出額引き下げの選択可能可能

可能
(0円への引き下げは不可)

選択額の変更原則年1回
(令29条)
原則年1回
(令6条)
年複数回でも可
課税
(拠出時)
非課税
(所得控除)
非課税
(所等控除)

非課税
(非収入)
※ 所得控除よりも節税効果は小さい

社会保険や労働法関連の保険料や給付

拠出を選択しない者と同額拠出を選択しない者と同額拠出を選択した額に応じて減少
「前払退職金とは」参照)

(注)法令通知に明示されていない要件については、記事に基づく推測が含まれます。

複数階建の企業型DCの可否

現在の複数階建の企業型DCの審査基準

確定拠出年金(企業型DC)の事業主掛金は「定額又は給与に一定の率を乗ずる方法その他これに類する方法」(確定拠出年金法4条1項3号)とされています。そして「これに類する方法」とは通知で「給与比例+定額」とされており、給与比例が2階建てとなること等は認められません厚生労働省サイト「確定拠出年金制度」確定拠出年金Q&A No.63)

Q.基本給の3%プラス役職手当の5%というような給与種目別掛金の設定は可能か。
A.不可。

確定拠出年金(企業型DC)の審査においては不当差別の禁止や税務上の妥当性等が求められることから、一定の審査基準は必要と思われます。しかし「複数階建」の設計は確定拠出年金以外の企業年金では承認されており、例えば下記の要件を満たす制度については改めて承認の可否を検討することも考えられます。

・各階の制度が審査基準を満たしていること
各階の事業主掛金の合計は拠出限度額を上限とすること

複数階建DCの承認要望

関係団体は複数階建DCの承認を積極的に要望していないようです。これは更に規制が緩やかな「掛金選択型DC」が早い段階で承認されたためと思われます。今後仮に「掛金選択型DC」の審査の厳格化が検討される場合には、複数階建DCが改めて注目されるかもしれません。

・掛金選択型DC…事業主掛金を加入者の選択で増減できる(減額もできる)。
・複数階建DC…各階について任意の資格喪失ができない(階段を昇ることはできるが降りることはできない)。