2019年財政検証と社会保障審議会年金部会における議論の整理

※ 記事公開後の動向
令和2年3月3日に「年金制度の機能強化のための国民年金法等の一部を改正する法律案」が国会に提出され同年5月29日に成立し6月5日に公布されました(「令和2年確定拠出年金改正法案(年金制度改正法案)の国会提出」参照)。この法律では2019年財政検証における制度改正オプションの当面の採否についての方向性が示されました。
「社会保障審議会年金部会における議論の整理」の公表
令和元年12月27日に「社会保障審議会年金部会における議論の整理」が公表されました(厚生労働省サイト「社会保障審議会年金部会における議論の整理」参照)。
項目 | 現行 | 変更後 | |
短時間労働者等に対する被用者保険の適用拡大 | 企業規模要件 | 500 人超 | 従業員数(※1) 2022年10月:100 人超 2024年10月: 50 人超 |
勤務期間要件(※2) | 1年以上 | 2か月超 | |
労働時間要件(※2) | 週 20 時間以上(維持) | ||
賃金要件 | 月額賃金 8.8 万円(維持) | ||
5人以上の個人事業所のうち弁護士・税理士・社会保険労務士等の法律・会計事務を取り扱う士業 | 非適用業種 | 適用業種 | |
在職老齢年金の適用基準 | 60~64 歳 (低在老) | 28 万円 | 47 万円 |
65 歳以降 (高在老) | 47万円 | ||
同上(65歳以降の年金額改定) | 退職改定(※3) | 在職定時改定 | |
年金の受給開始時期の選択肢 | 60 ~70 歳 | 60~75 歳(※4) | |
雇用契約期間は2か月以内だが、実態としてそれを超えて使用されると見込まれる場合 | 適用対象外 | 適用対象 | |
国民年金保険料の申請全額免除基準 | ー | 未婚のひとり親や 寡夫を追加 | |
脱退一時金制度の支給上限年数 | 3年 | 5年 |
※1 「従業員数」は 「労働時間が通常の労働者の4分の3以 上の者」の総数。
※2 賃金や労働時間要件は必ずしも実績値ではなく契約上の所定賃金・労働時間によって判断。
※3 資格喪失時(退職時・70歳到達時)に受給権取得後の被保険者 であった期間を加えて改定。
※4 1月当たりの繰上げ減額率は 0.4%に、繰下げ増額率は 0.7%。
2019年財政検証結果の公表
第9回社会保障審議会年金部会
令和元年8月27日の第9回社会保障審議会年金部会で2019年財政検証結果が報告されました(厚生労働省サイト「第9回社会保障審議会年金部会」参照)。
財政検証とは
公的年金の「財政検証」とは公的年金の「財政の現況及び見通しの作成」(国民年金法4条の3)を行い、年金財政の健全性を検証することです。現在はマクロ経済スライドにより物価や賃金等に応じて給付額が自動調整されますが、5年以内に実施される次の財政検証までに所得代替率(現在は約6割)が5割を下回ると見込まれる場合には、保険料の引き上げや給付の抑制等の対策が検討されます。
国民年金法第四条の三(財政の現況及び見通しの作成)
政府は、少なくとも五年ごとに、保険料及び国庫負担の額並びにこの法律による給付に要する費用の額その他の国民年金事業の財政に係る収支についてその現況及び財政均衡期間における見通し(以下「財政の現況及び見通し」という。)を作成しなければならない。
2 前項の財政均衡期間(第十六条の二第一項において「財政均衡期間」という。)は、財政の現況及び見通しが作成される年以降おおむね百年間※とする。
3 政府は、第一項の規定により財政の現況及び見通しを作成したときは、遅滞なく、これを公表しなければならない。
※ 以前の「100年安心」というフレーズに関係か。
所得代替率とは
所得代替率とはモデル世帯(夫は厚生年金に40年加入し妻はずっと専業主婦)における標準的な老齢年金の額の現役世代(男性)の平均賃金に対する比率を指します。2019年度の場合の所得代替率は61.7%です。
(夫婦2人の基礎年金13.0万円 + 夫の厚生年金9.0万円)÷ 現役男子の平均手取り収入額35.7万円 = 61.7%
(注)モデル世帯と自身の世帯との違いによる所得代替率の違いには注意が必要です。特に第1号被保険者は所得代替率が大幅に低くなります。
2019年財政検証結果(概要)
今回の財政検証の結果は次のとおりです(前提は厚生労働省サイト「第9回社会保障審議会年金部会資料5」参照)。5年前の財政検証から大きい変動はなかったものと思われます。
ケース | 所得代替率 | 新規裁定時の年金額 (物価比) |
Ⅰ~Ⅲ | 50%は維持 | 上昇 |
Ⅳ・Ⅴ | 2040年代半ばに50%割れし(※)40%台半ばまで低下 | 横這いないし微減 |
Ⅵ | 50%割れし(※)2052年度に国民年金の積立金が無くなりその年の保険料でその年の給付を支払う「完全賦課方式」に |
※ 50%割れ前に保険料の引き上げや給付の抑制等の対策を検討する旨法律で規定されていますが、ここでは対策をとらなかった場合の状況を記載しています。なおケースⅤの場合、68歳9カ月まで就労後受給を開始すれば足下(2019年度)の所得代替率を確保できるとの資料(厚生労働省サイト「第9回社会保障審議会年金部会資料4」参照)が公表されています。
オプション試算
今回は次の8種類のオプション試算がなされています(結果概要は厚生労働省サイト「第9回社会保障審議会年金部会資料1」参照)。このうち特に令和元年6月21日に閣議決定された骨太の方針2019や成長戦略フォローアップ(「「経済財政運営と改革の基本方針2019」(骨太方針2019)や成長戦略実行計画等の閣議決定」参照)で前向きに記載された事項は実現可能性が高いものと思われます。
ただし厚生年金保険の被保険者拡大は企業が負担する社会保険料の増加につながることから、拡大対象者が多い業界への影響も考慮することが必要でしょう。
オプションA・・・被用者保険の更なる適用拡大※
(注)赤字は年金制度改正法または年金部会における議論の整理における改正案
改正内容と対象者数 | 検証結果 | 閣議決定事項 |
A1.企業規模(5百名)要件のみを廃止 【125万人】 →100人(2022年10月) → 50人(2024年10月) | 所得代替率上昇 (特に基礎年金) | 短時間労働者に対する年金などの保障を厚くする観点から、被用者保険(年金・医療) の適用拡大を進めていく(骨太方針2019) 勤労者皆社会保険制度の実現を目指して、被用者保険の短時間労働者等に対する適用拡大について、速やかに制度の見直しを行う(成長戦略フォローアップ) |
A2.賃金(月8.8万円)要件も廃止 【325万人】 →賃金要件は維持 | ||
A3.賃金(月5.8万円以上)以外撤廃 【1050万人】 →勤務期間要件は2カ月に 労働時間要件、学生要件は維持 |
※ 令和元年9月20日の懇談会(厚生労働省サイト「働き方の多様化を踏まえた社会保険の対応に関する懇談会」参照)ではオプションA1の企業規模要件の撤廃を実施すべきとの方向性が示されましたが、①賃金要件(月8.8万円)、②労働時間要件(週20時間)、②雇用期間見込要件(1年)、④非学生要件、等については明確な方向性が示されませんでした。なお企業負担の軽減についても問題提起されています。
オプションB・・・保険料拠出期間の延長と受給開始時期の選択
改正内容 | 検証結果 | 閣議決定事項等 |
B1.基礎年金の拠出期間延長(65歳) | 「保険料の拠出期間の延長」といった制度改正や「受給開始時期の繰下げ選択」が年金の給付水準を確保 する上でプラスであることを確認 | 現行制度を前提とすれば、大幅な国庫負担増を伴うものであることから、これに見合う財源を確保せずに改正を行うことは、 将来世代への過重なツケ回しとなるため、問題であると考えられる(財務省サイト「令和時代の財政の在り方に関する建議(令和元年6月19日 財政制度等審議会)」参照) |
B2.在職老齢年金の見直し(65歳以上は緩和・廃止) →低在老は47万円に緩和 (高在老は47万円に据置) | 公平性に留意した上で、就労意欲を阻害しない観点から、将来的な制度の廃止も展望しつつ、速やかに制度の見直しを行う(骨太方針2019) | |
B3.厚生年金の加入年齢引上げ(75歳) | ||
B4.受給開始時期の選択肢の拡大(75歳まで) →75歳 | 年金受給開始の時期については、70歳以降も選択できるよう、その範囲を拡大する(骨太方針2019) | |
B5.B4とB1~B3の組み合わせ |
確定拠出年金(DC)への影響
「令和2年度与党・政府税制改正大綱におけるDC・NISA改正案(閣議決定)」、「「社会保障審議会企業年金・個人年金部会における議論の整理」における令和2年度DC改正案と併せて検討すべき課題」参照。